ボクと電車と別れ
人が多くなってきた車内で、ボクは朝見た満員電車を思い出した。
(この電車も満員電車になるのかな?)
ボクは今日初めて電車に乗ったので、乗っている電車がどの時間混むのか、あるいは一日中あまり混まない電車なのか分からなかった。
人が多いとは言え、まだまだギュウギュウ詰めと言うには程遠かった。
しかし、恐らくは帰宅の時間帯なのだろう。
(ユウコはいつ帰るのかな)
ボクは、日によってユウコが帰ってくる時間がバラバラだったことを思い出した。
日付が変わるくらい帰宅が遅かったこともある。
(そういえば、ユウコはどんな仕事をしているのだろう?)
ボクは今日、本当ならユウコに付いていって、家とは違うユウコを見れたのだろう。
それを思うと、寂しい気持ちと、拗ねた心がむくむくと湧いてきた。
(ユウコのこと、何も知らないなぁ)
ユウコの元に居るようになって、ずっと玄関からユウコが出掛けるのを見送り続けてきた。
たまに郵便や宅配の人が来たが、友達や家族や恋人が来たことは無かった。
だが、ユウコが帰ってこなかったことは時々有った。
きっとそんな日は、誰かの家に泊まっているのだと考えていた。
たぶんユウコは、一人暮らし用の家に住んでいるから客を呼ばないのだと思っていた。
今朝から電車に乗って、色んな人を見てきた。
あのスマホや茶色い鞄や本は、ボクや黄色い傘と違って持ち主の近くに居るから、持ち主のこともよく知っていたのだろうか。
もしかしてボクは、ユウコと一緒に出掛けても、ユウコがそこで何をしているかは分からないのだろうか。
湧いてきた感情は、ネガティブなスパイラルでぐるぐるとボクを包んでいった。
それはちょうど、黄色い傘と出会った後、しばらく沈み込んだ時と少し似ていた。
「これだな」
そう呟く声が聞こえ、ボクは手摺から持ち上げられた。
ボクを目の高さまで持ち上げ、タケルはボクの貼り紙をじっと見た。
「……すげぇ」
そう言うとタケルはボクを下に降ろし、片手に持ったままスマホを取り出した。
さっと数秒何やら操作をしてスマホを服のポケットにしまうと、タケルはドアに凭れて目を閉じた。
ボクをしっかり持ったまま。
ボクは小さな傘を思い出し、絶望した。
「心配しなくて大丈夫ですよ」
少しのんびりした声が聞こえてきた。
ボクはキョロキョロ辺りを見回してみたが、声の主を見つけられなかった。
駅に到着するアナウンスが聞こえ、タケルが身を起こした。
「ちょっと恥ずかしいけどな」
電車を降りる際にタケルは苦笑して呟くと、ボクを連れて歩き出した。