セイカとスマホとボク
ショウタとホノカが電車を降りて、また色んな人がボクの貼り紙を見ては去って行った。
電車は折り返し、また反対方向に走り出した。
しばらく行った駅で、女学生のセイカがボクの横に座った。
セイカはボクをちらりと見て、まるで興味がないといった様子で、ポケットからスマホを取り出すと、何やら指を走らせ操作しだした。
誰も彼もがボクに興味を持ってくれるわけではない。
だからボクに興味をもたないセイカに、ボクが何となく不満を持っているのはおかしなことだと、知識としては理解出来ても、気持ちとしては少し難しかった。
それは、ボクに出会ったみんなが、ボクを大事にしてくれたことに、ボクが当たり前だと感じていた証なのだろう。
茶色い鞄に教えられ、ショウタとホノカのおかげで知ることが出来た、通りすがりの温かい心に慣れてしまったボクには、セイカのような気にされない今の状況は、不満と共に淋しくもあった。
(何をしているのかな)
ボクは淋しさを紛らわす為にセイカを見ていたのだが、セイカは座ってスマホを見てからずっと、眉間にシワを寄せていたのだ。
スマホの操作は世話しなく指を動かすものではないので、きっと何かをしている訳ではないのだろう。
よく似た位置をちょっと触っては軽く上に指を弾いている。
その間も、ずっとセイカは眉間にシワを寄せ、口をきゅっと結び、スマホを見ていた。
(何かを見てるのかな)
ボクはじっとスマホを見つめた。
「あぁのさ。そうもじっと見られっと、さすがに緊張すんだけど」
突然軽い口調の声が聞こえた。
「ご、ごめんなさいっ。ちょっと気になってしまって」
ボクは慌てて謝った。
「セイカの見てるもの、気になる感じ?」
話しかけかけてきたのは、セイカの手の中からスマホだった。
「あ……はい。かなり」
ボクは正直に答えた。
ボクの返事にスマホはケタケタ笑いだした。
「素直な奴、キライじゃないぜ」
スマホがさらっと言った。
ボクは黙って続きの言葉を待った。
「セイカは学校の交流するツール見てんの。結構ハードな感じのさ」
スマホは声のトーンを落として言った。
ボクは重い口調に変わったスマホに、戸惑いつつも、黙ることで先を促した。
「今さ、セイカの友達の事が上がっててさ」
(友達?)
スマホは淡々と話続けた。
「セイカはさ、その友達、助けたいらしいんだ」
ボクはちらりとセイカを見た。
相変わらずセイカは難しい顔でスマホを眺めていた。
(……らしい、か)
そう表現するスマホの気持ちを、ボクは無性に知りたかった。
ボクは再びスマホに視線を戻した。
「俺はさ、セイカが色々調べるから、きっとお前より人間社会ってヤツに詳しい」
そこでスマホは言葉を切った。
ボクは言うべき言葉が見つからず、黙っていることしか出来なかった。
「お前が俺より世の中知らないってことで話すけど」
そう前置きしてスマホが話したのは、人は動物や物だけでなく、人を簡単に傷付け、殺せる生き物だと言うこと。関係ない者が、傷付こうが、殺されようが無関心な生き物と言うこと。
だけどセイカは違う。友達を助けようと、毎日苦しんでいると言うことだった。
それも事実なのだろうと、ボクは思った。
(でも、なんか、……なんだろう)
ボクはモヤモヤしながら、ユウコと分かれてから出会ったみんなを思い出した。
「キミは、何を望んでいるの?」
ボクは何となく、そう問い掛けていた。
「えっ?俺の……望み?」
スマホはしばらく黙った後、ケタケタと笑いだした。
「お前、変なこと言うのな。俺ら物が望んで何になるってんだよ」
怒りのような何かをぶつけるような、或いはどこかに何かを投げ遣るような、そんな口調でスマホは言った。
ボクには何となく、その口調に強烈な悲しみを感じていた。
想いは必ずしも届かない。
ましてやボクたち『物』の想いなんて、人に届くことが有るのかなんて、ボクには分からなかった。
でも、人でも物でも想いがずっと届かないなんてことは無いと、ボクは思いたかった。
実際ボクもそうだった。
リョウスケや出会った人達の想いを知らなかった時は、ただ迷惑がっていた。
茶色い鞄やショウタとホノカに出会っていなければ、今頃まだリョウスケ達を恨んで、殺伐としていたのかもしれない。
でも、もうボクは違う。
人の温かい心も知っている。
今何も伝わらなくても、いつか届くことが有るかもしれない。
「キミはセイカの幸せを望まないの?」
ボクはそっと呟くように訊ねた。
「なぁ、俺ら物はさ。選んでもらった時点からその人の幸せしか願わねぇんじゃね?」
スマホは溜め息をつくように言った。
(そうだよね、良かった)
ボクはほっとした。
到着駅の案内のアナウンスにセイカが顔を上げた。
スマホはセイカの鞄に帰っていった。
立ち上がりかけて、セイカはポケットから小さなケースを出して、中からバンソーコーを取り出した。
バンソーコーはカラフルものらしかった。
セイカはそのバンソーコーをボクと紙の境目にしっかりと貼って、今度こそ立ち上がり、開いた扉から静かに電車を降りた。