真夜中の少女とお茶のお誘い
首筋に濡れて貼りつく赤毛の頭上に傘を差しかけるわたしを、少女は上目遣いで不思議そうに見上げる。声をかけられたことにびっくりした様子ではあったが、ゆっくりと振り向いてわずかに首を傾げる仕草には欠片ほどの警戒心も感じられない。それ一つとっても、彼女の育ちの良さが見て取れる。
「貴方、わたしとお知り合いだったかしら?」
少し背伸びした感じの、丁寧でゆったりとした発声。
「さあ……でもね、雨に濡れるお嬢さんを放ってはおけないでしょう?」
「ありがとう、お気持ちは嬉しいわ。でも、わたしお金を持ってないの」
少女は微笑み、おどけた様子でコートのすそをつまんでみせる。
わたしは、腰を折って目線を合わせることで応える。
「お嬢さんは、お友達とお茶をするのにお金を取るのかしら?」
「いいえ――」
少女はゆるゆると首を振る。
「――けど、わたしと貴方はお友達じゃないわ」
「そうね。そして友達には『なる』ものだと、わたしはお師匠さまから教わったわ」
少女は断る理由を探すように目を伏せる。わけあり、なのだろうか。
「でも、わたしと貴方は歳がすごく離れているわ」
「いけないかしら?」
「変じゃないかしら」
「どうして?」
「わかんない……どうしてだろう」
唇を引き結び、目を細めるその瞬間。
大人ぶった仮面が剥がれて、少女の素の口調が表れる。
考え込むさまの可愛らしさに、古い映画のセリフをふと思い出してしまう。
「考えるな、感じるんだ――ってね」
「えっ?」
「映画はご覧にならないの?」
「俗っぽい映画はダメって、お母さまが」
「そうなの? でも、とてもいい言葉だと思わない?」
「……考えちゃダメってこと?」
「うーん、どうなのかしらね。わたしは、考えた方がいいものと、感じた方がいいものがある、ってことだと思うのだけれど」
「友達は、感じるもの?」
「どっちだと思う?」
「……えっと」
「わたしは、こうしてお話をしていて楽しいわ。お嬢さんはどうかしら?」
「楽しい……のかしら。わからないわ」
少女は足元に目を落とし、ブーツの爪先で軽く地面を蹴る。みぞれはいつの間にか雪に変わり、石畳を薄く覆い始めていた。くしゅん、と控えめなくしゃみをした少女が身体を震わせる。わたしも、立ち話をしている内にすっかり身体が冷えてしまったことに気付く。
「あったかいものが、飲みたいわね?」
「……うん、そうね」
「お手をどうぞ?」
長い逡巡の後、差し出した手に少女の白くほっそりとした指が乗せられる。ピーコートに突っ込まれていた手は氷のように冷たかったが、ぎゅっと握るとかすかに温かさが伝わってくる。子供の手、だった。
「カフェ・アルトへようこそ、お嬢さん」
こうして、少女はカフェ・アルトの客人となった。




