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深煎りの魔女とカフェ・アルトの客人たち  作者: 天見ひつじ
酔いどれ元炭鉱夫とカフィーズ・トゥービター
16/21

酔いどれ元炭鉱夫とレイトイン・ザ・デイ

 楽しかった日々、そして友を失った悲しみ。どこにでもある、その人だけが抱える傷。軽妙な語り口で話し終えるまでに五杯のポーターを干したディグは、深いため息をつくと疲れたように天を仰ぐ。


「……余計なことまで話しちまったな。適当なとこにしとくつもりが、すまねぇな、嬢ちゃん」


 わたしは黙って首を振った。一つ、考えがあったからだ。


「また来年、この時期にくるぜ」


 老ディグはあっさり席を立つと、そのまま店を後にした。お師匠さまも淡々としたもので、特に何も言うことなくジョッキを片付けると仕事に戻ってしまう。わたしは閉店を待って、戸締りと掃除を終えてから、カウンターの向こうで明日の仕込みをするお師匠さまに切り出した。


「お師さま」


「なあに、アルマ」


 お師匠さまは手元から顔も上げずに聞き返す。

 わたしは少しだけ怯みそうになり、それでも勇を振るって言葉を継いだ。


「ディグさんの、ことです」


「うん」


「どうして、助けてあげないんですか?」


「助けるって?」


 微笑みすら浮かべ、わざとらしく首を傾げるお師匠さまに、わたしは苛立ち交じりの言葉をぶつける。


「お師さまなら、お師さまの魔法なら、ポーターさんを救えます」


「うん、そうだね」


「わかってるなら、なぜ」


「アルマ」


「はい」


「それがどういうことか、貴方は本当に理解してる?」


 何気ない調子の、淡々とした問いかけ。

 わたしは必死に頭を働かせ、正しいと思える言葉を紡ぐ。


「何日も時間が経ってから巻き戻すのは大変だってことは知ってます。けど、それで多くの人の命が助かるのなら。お願いです、師匠。ディグさんとポーターさんを助けてあげて下さい!」


 頭を下げるわたしを、お師匠さまはどんな目で見ていたのだろうか。

 お師匠さまは深く、深くため息をつき、そして言った。


「アルマ。貴方がなにも理解していないことはわかったわ」


「え?」


「十年、よ」


「……?」


「落盤事故は、十年前の出来事なの」


 それがどういうことなのか、わたしは知っている。世界を十年巻き戻せば、お師匠さまも、わたしも、同じく十年を遡ることになる。そのとき、わたしは。


「わかる? 運命を変えるためには、十年を巻き戻さないといけないの。そのとき貴方は二歳。当然、わたしとはまだ出会っていない。再び会って、今のような師弟関係を結べる保証はどこにもないわ」


「十年、前……」


 言われてみれば、老ディグはポーターがいつ死んだのかについて言及していなかった。わたしはディグが喪服を着ていることからつい最近のことなのだと勘違いしていた。だが、そうではなかった。十年。当時十二歳だったわたしにとって、それは長過ぎる時間だった。


「問題はそれだけじゃない。鉱山とは何の関係もないわたしが突然訪れて話をまともに聞いてもらえるとは思えないし、まだ起きてもいない落盤事故を鉱山の人に信じさせる方法もない。ねえアルマ、貴方はなにかアイデアがあってわたしにそれをやれと言っているの?」


 わたしは、首を横に振ることしか、できなかった。


「それにね、悲劇はいつだってどこだって起こってるものなの」


 そう口にするお師匠さまは酷く悲しそうで。


「わたしがなにかしても、しなくても、悲劇は起こる。わたしは運命を変えられるけれど、変えた先で新たな悲劇が起きることまでは止められない。ねえ、アルマ、わたしは誰を救って、誰を見捨てればいいの? 一つの運命を変えて、誰かを救ったことで起きる悲劇を、わたしはどうすればいいの?」


 そこにいるのは、自分より上位の存在から難題を突き付けられて立ちすくむ少女のようなひとだった。


「わたしは、神さまじゃない。アルマ、わたしの可愛い弟子。わたしがどうすればいいのか、もし貴方が知っているのなら、わたしに教えてくれないかしら」


 答えなど、返しようもない。

 わたしは、どうしようもなく浅はかだった。


「ねえ、アルマ。覚えておきなさい」


 いつの間にか側に立っていたお師匠さまが、わたしを抱きしめてくれる。


「夢がいつか冷めるように。魔法はいつか解けるものなの」


「……ふっ、くっ」


 わたしは、魔法を知っていると息巻くだけの少女だった。

 それはもしかしたら、お師匠さまも同じだったのかも知れない。


「アルマ、わたしは貴方を特別に思っている」

 ときに冷酷とも見えるお師匠さまの身体が酷く温かいことを、わたしは知っている。

「だから、わたしが貴方を他の人より大事にすることを、許してくれる?」


 否定など、できるはずもなかった。

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