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今日から魔王の傍にいる。

作者: 無頼音等

 唯一の育て親だったババアが死んで一人になった俺は、全財産を持って田舎の村を飛び出した。そしてやって来たのは遠く離れた都会、交易都市ハンデルだ。

 俺はその街に存在する一際大きな施設である冒険者ギルドの門を叩いて憧れの冒険者になった。

 こうして冒険者になってみると、いつか冒険者になると豪語していた俺にババアがよく言っていた言葉を思い出す。


 『冒険者は堅実さが大事。でもスリルが無いと楽しくない』


 多分だけど、危険を冒す時はそれなりの準備をしろ。そして冒険者なら楽しく生きろ。そんな意味だと思う。だから俺はババアの教えを守って、手始めに一番簡単な薬草採取のクエストから受ける事にした。

 何事も堅実さが大事。報酬は低いけど宿代にはなるし、まずは実戦経験を積むべきなんだ!

 こうして俺は薬草が生えているという、街外れに生い茂る森の中に入っていった。

 最初は順調だった。街の近くに茂っている森だからかモンスターは現れなかったし、目的の薬草はすぐにノルマ以上の量を採取し終えた。

 だけど世の中そんなに上手くいかないらしい。突如魔法陣が俺の傍に出現し、爆発した。


 「うわぁああああ!?」


 何だ! まさかトラップ!? って……あれ?

 反射的に避けたおかげで爆発には巻き込まれずに済んだ。そして油断無く爆発が起きた方に身構えると、その先には一人の少女が倒れていた。


 「……この子、何処から……いや、それよりも!」


 倒れている少女は衰弱していた。外傷も酷い。きっとさっきの爆発のせいだ。俺は集めたばかりの薬草を少女の怪我した部分に貼り付けた。気休めにしかならないだろうけど、こうした方が治りやすい。昔、俺が怪我した時にババアからそう教わった。


 「う……ん……」

 「大丈夫か!?」


 少女はゆっくりと目を開けると俺の方を見てきた。意識は思ったよりもしっかりしているらしい。これならきっと助けられる。俺は安堵してつい頬を緩めた。そんな俺を不思議そうに少女は見つめている。暫くして彼女は自分の体に貼られた薬草に目を落とし、僅かに口を開いた。


 「君は……私を殺さないの?」

 「……は?」


 余りに突拍子もない事を言われて俺は一瞬黙り込んでしまった。俺がこの少女を殺す? 何でそんな事聞くんだ?

 取り敢えず黙ったままなのも悪いので、鞄から回復薬(ポーション)を取り出した。薬瓶を見て少女は「……毒?」と怯えている。この少女、初対面の人間を信じられない気持ちは分かるけど考えがマイナス過ぎだろ。そんなに俺を人殺しにしたいのか。


 「毒じゃない。ポーションだ! ほら、自分で飲めるだろ」


 少女の上半身を抱え起こし、ポーションを手渡す。彼女は最初疑っていたけど俺が半分飲んで見せると、毒じゃないと分かって安心したのか自分からポーションを飲み干していった。そしてまた俺を不思議そうに見つめている。今度は何を言うつもりだ。

 しかし少女が何か言う前に俺は周りの変化に意識を取られた。殆ど同時に少女も気付いたようだ。


 「モンスター……ゴブリンの群れか。しっかり囲まれてるな」

 「ごめんなさい。多分、私の怪我のせい」


 少女は着ている白いローブの裾をめくって傷だらけになった自分の体を見下ろしている。まだ薬草とポーションしか使ってないのにもう外傷が目立たなくなりつつある事には驚いたが、確かにまだ何ヵ所かに出血した跡があった。恐らく周りのゴブリン達は血の匂いを嗅ぎ付けてここまで来たと言いたいんだろう。だが余裕を無くした俺は咄嗟にそれを止めた。


 「わっ! 馬鹿、隠せ! 下着が丸見えだろうが!」

 「え……わ、わ!? 見ちゃダメ!」


 こいつローブの下に服着てない! 水玉パンツが丸見えだと!? って今はこいつに狼狽えてる場合じゃない!

 俺は腰に下げたショートソードを引き抜いて周りのゴブリン達に目を向けた。少なくとも二十体は俺達を取り囲んでいる。くそっ。数が多すぎる! こいつを守りながら戦えるか!?


 「大丈夫だよ」


 後ろから少女が自信に満ちた声で俺にそう言った。驚いて彼女の方を振り向くと、少女は俺が集めていた薬草をムシャムシャと食べていた。


 「ちょ、おい! それは食うんじゃねぇ!」


 しかし俺が叫んだ時にはもう少女は姿を消していた。同時に周りからゴブリンの悲鳴が響いてきた。


 「な!?」


 少女はその小柄な体からドス黒いオーラを立ち昇らせ、単身でゴブリンの群れを蹂躙している。素手でゴブリンの体を引き千切り、時には黒い炎を纏って辺りの植物ごと燃え散らした。少女の着ていた白いローブはすっかり血に染まってしまっている。黒い軌跡の後には無慈悲に散らされた肉塊が残されるのみだ。

 今起きているのは「モンスターに襲われ返り討ちにしている光景」なんかじゃない。蹂躙、侵略、殲滅、虐殺……。そんな血なまぐさい言葉が似合う、「惨劇」だ。

 俺は目の前の状況が全く理解出来なかった。だから目の前に立っている、この状況を作り上げた少女に尋ねたんだ。


 「お前……何者なんだ……?」


 少女は俺をじっくりと見つめ、一言だけ口を開いた。


 「私は、魔王」


 魔王。噂だけだが聞いたことがある。世界を滅ぼす事を目的とする魔族の王。その戦闘力はたった一人で国を消滅させる程強大であり、例え勇者に殺されたとしても時が経てば転生して復活するという不死身の存在。

 俺は魔王と名乗った少女を今一度観察してみた。

 まず一言で言うなら美少女だ。幼さが残る円い顔、肩まで伸びた雪のように白い髪、炎よりも赤い紅蓮の瞳。そして小柄な体に反して、ローブの上からでも分かる豊かに育った胸。その全てが完璧に調和している。それに彼女が穿いているのは水玉パンツだ。何処からどう見ても恐ろしい魔王には見えない。だが、周りの死体を見ればこの少女の言葉が真実だと理解させられる。


 「でも魔王にしては随分弱ってたみたいだが?」


 さっきの魔法陣が関係してるのか? だが少女の答えは俺の聞きたい事から少しずれていた。


 「そう。私は弱ってた。だけど君が助けてくれた。だから君は良い人」

 「え、ええ? いや、目の前で倒れてたら助けるのが普通だろ」


 何か変な事を言ったつもりは無いのに、少女は目を丸くして俺に駆け寄ってきた。俺を見つめる赤い目がキラキラと輝いている。あれ、やっぱり俺は何か変な事言ったのか?

 俺が首を傾げかけたその時、いきなり少女は目の前でうつ伏せに倒れた。


 「うわ!? おい、どうした?」


 まさかさっきのゴブリン達と戦って怪我したのか! 薬草は……くそ! こいつ全部食いやがった。しょうがない。もう一個ポーション使うか。

 俺は鞄から最後の薬瓶を取り出し、少女を起き上がらせようとした。


 「待って」

 「え?」

 「私、今倒れてる」


 うん。そうだな。だから起き上がらせてポーションを飲ませようとしてるんだ。


 「君は倒れてる人を助けるって言った。だから助けてくれないかな?」

 「ああ、分かってる。だから黙ってポーションを……」


 少女は首を振ってポーションを持ってる俺の手を止めた。何だ? 怪我したんじゃないのか?

 俺の疑問に思っていると、少女から「きゅくるぅうううう……」という謎の音が聞こえてきた。その後少女は顔を真っ赤にして地面をゴロゴロと転がり回った。


 「うにゃあああああああああああああああああああ!?」

 「お、おい。どうしたんだ?」


 その間も少女からさっきの音が聞こえてくる。それがお腹の音だと気付いた時には思わず笑ってしまった。


 「ぷっ、あはははははははは! お前腹減ってたのか、そういや薬草食ってたもんな!」

 「うううううううううううう……」


 少女は恥ずかしそうにうずくまっている。こんな子が魔王? そんなの絶対有り得ない。仮に魔王だとしても、こんな子が世界を滅ぼそうとか考えてる訳がない。よく分からんが多分この子は大丈夫だ。

 笑いを必死に堪えながら俺は少女に手を差し伸べた。


 「俺の名前はタクト。タクト・ユーティスだ。さっきは助けてもらったからな。飯くらい奢ってやるよ」


 少女はがばっと勢いよく起き上がり、俺の手を両手で包み込むように掴んだ。


 「ありがとう!」


 少女はまるで子供の様に頬を緩ませて微笑んでいる。血染めのローブを着てなかったら凄く良い絵になった筈だ。


 「あ、そう言えばお前の名前は? さすがに“魔王”が名前って訳じゃないだろ?」


 少女は俺の手を握りしめたまま、嬉しそうに笑った。


 「私の名前は、アリス・ルシフェール。タクト君、だったね。よろしく!」

 「……ああ。宜しくな」













 「ご注文は決まりましたか?」


 客のいない店内で俺達が空いた席に座ると女性店員が注文を取りに来た。


 「アリスは何が食べたい?」

 「よく分からない。だからタクト君と同じものが良い」

 「じゃあオムライス二つで」


 俺達は現在交易都市ハンデルの下層地区に佇む飲食店『ひばり亭』にやって来ている。それは隣できょろきょろと珍しそうに店内を見回しているアリスにご飯を奢るためだ。


 「妹さんですか? 可愛いですね!」


 店員さんがアリスの方を見て微笑んだ。

 まあ確かに可愛いんだよな。まさに純粋無垢と言う言葉が似合うアリスはこうして見ていると癒される。


 「確かに可愛いですけどこいつは妹じゃないんですよ。ほら、俺達全然似てないじゃないですか。髪の色なんて真逆でしょ?」

 「そうなんですか。すみません、貴方に懐いているようなので勘違いをしてしまいました」


 アリスはさっきから俺の手を握ったまま放そうとしない。懐いてると思われても仕方ないだろう。実際懐かれた自覚はあるし。ただアリスが手を放さないのは俺に懐いてるからじゃなくてこの店をまだ信じ切れていないからだ。街に入るにも、血塗れの格好じゃ不味いだろうと手短な店で買った外套を着せようにも、俺が先にやって見せないとアリスは極度に嫌がるんだ。俺と初めて会った時も俺を殺人鬼か何かと疑ってたみたいだし。

 ……アリスが自分の事を“魔王”と言っていたのと関系があんのかね。因みに俺はまだこの事を信じてるわけじゃない。確かにゴブリンを倒した力は凄かったけど、他の事がまるっきり子供だからな。

 店員さんが立ち去るとアリスは不思議そうに彼女の方を見つめて俺に聞いてきた。


 「あの人も良い人なの?」

 「さぁ? でも悪い人じゃないだろ」


 あの店員さんは治安が悪いこの地区の人間にしては言葉遣いが丁寧だった。多分ここより治安が良い中層地区から出稼ぎに来てるんだろ。だから少なくとも悪い人じゃない筈だ。まあ正直どうでもいい。

 少しの間待っているとさっきの店員さんがオムライスを二つ持ってきてくれた。


 「これがオムライス? 良い匂いがする」


 アリスが目を輝かせて自分の前に置かれたオムライスを食い入るように見つめている。しかし決して食べようとはしない。俺は苦笑しながらアリスの前で堂々とオムライスを口に運んだ。


 「うん、旨いな。ほらお前も食えよ。毒とか入ってないから」

 「うん!」


 アリスは素直に頷いて俺の皿と自分の皿を交換した。……まぁ毒見したのは俺のだけだったから当然か。どんだけ用心してんだよ。


 「美味しい美味しい!」


 だがアリスは本当に美味しそうにオムライスを頬張っている。あっという間に平らげてしまった。そしてまだ物足りないのか俺の皿の方をちらっと覗き込んでいる。そんな目で見られてもお代わりさせられるほど金に余裕持ってないんだが。……はぁ、まだ半分も食べてないけどしょうがない。一応お礼だからな。


 「ほら、俺の分も食っていいぞ」

 「……良いの?」


 こら。聞きながら既に頬張ってるんじゃない。ったく、嬉しそうに食いやがって。

 アリスは綺麗に完食した後、「ありがとう」と笑顔を見せた。そんなに喜んでくれたのなら俺もご馳走した甲斐があったってもんだ。もし俺に妹がいたらこんな感じなのかもな。





 店を出たあと、俺は大通りを真っ直ぐ歩き、下層地区の中央に建つ一際大きい施設へと足を運んでいた。アリスも俺の手を握って一緒についてくる。そして施設の門前に立つとアリスは不安そうに聞いてきた。


 「ここはどこ?」


 相変わらずアリスは警戒しているな。もう慣れてきたけど。俺は苦笑しつつアリスの頭を撫でて落ち着かせてやる。おお、こいつの髪サラサラだ。


 「ここは冒険者ギルド。なんと言うか、仕事を紹介する? 場所だ」

 「し、仕事ぉ~!?」


 おい、何でそんな嫌そうな顔するんだよ。

 アリスはここが冒険者ギルドだと分かるなり俺の手を引っ張ってここから離れようとする。別にお前が仕事するわけじゃないんだぞ?


 「入りたくないならアリスはここで待っててくれ」

 「い、嫌!」

 「じゃあ一緒に行こう」

 「い、嫌ぁ!」


 嫌がるアリスを無理矢理引っ張ってギルドの中に入る。門を開くと忽ち喧騒に包まれた。多くの冒険者達が壁一面を埋め尽くしている依頼書と向かい合い、あれやこれやと仲間に相談する姿が見受けられる。

 ここに来ると俺も冒険者になったんだって改めて思えるな。しっかしアリスの様子がヤバイ。ギルドの雰囲気に気圧されたのか、俺の体にしがみついて震えている。


 「アリス……お前やっぱり外で待ってろ」

 「うう……それは嫌ぁ……」


 俺も依頼書を見ていきたかったけど、これは早く用事を済ました方が良いな。

 俺はギルド内の奥に進み、空いているカウンターの前に立って受付のお姉さんに話しかけた。


 「こんにちは。お姉さん。換金して欲しい物があるんですけど」

 「あら、君は確か今日から入った新人さんね?」


 おお! この人とは初対面の筈だけど俺の事知っててくれた! なんか嬉しいな。


 「今朝に冒険者登録したばかりだけど、お姉さん俺の事知ってるんですか?」

 「当然じゃない。全ての冒険者を把握できていなきゃギルドでなんて働けないわよ。そうじゃなくても君みたいな黒髪はこの辺りで見ない色だからすぐに分かったけどね。それと私の事はヘレナで良いよ」


 全ての冒険者を把握って凄いな。今ギルドの中にいる奴だけで五十人はいるんじゃないか? ヘレナさんは他の職員(ギルドスタッフ)も同じ事が出来るみたいに言ってるけど、彼女が特別優秀な人なんじゃないだろうか。


 「それで換金する物は何なのかな?」


 ヘレナさんの可愛らしい微笑みに俺は顔を赤くしながら灰色の小石をカウンターの上に置いた。今まで膨らんでいた鞄が一気に軽くなる。同時にヘレナさんの顔から微笑みが無くなっていった。


 「え……魔魂石まこんせきが……二十五個!?」

 「はははは……」


 ヘレナさんの驚く姿に俺は苦笑するしかない。新人がたった一日でこれだけ集めるなんて普通誰も思わないだろうからな。それにこれは俺の手柄じゃない。

 この魔魂石というのはモンスターが死ぬ時に必ず落とす物だ。これは一体につき一個落とし、そのモンスターの強さに比例して大きさも変わるらしい。そして俺が換金を頼んだ魔魂石は森の中で遭遇したゴブリンの群れの物で、アリスが全滅させた後に回収しておいたんだ。本当は三十個以上あったんだがその幾つかは粉々に砕けていた為に現在の数に至っている。


 「むむむ……全部ゴブリンの魔魂石みたいだけど、あなたやるわね」

 「ああ、いや、偶然ですよ。本当にたまたまで……」


 アリスがやったって事は黙っていた方が良いよな。別に魔王だって話を信じてるわけじゃないけど、あの力が異常なのも確かだし。


 「そ、それで幾らになりますか?」

 「ちょっと待っててね」


 ヘレナさんは計測器の上に魔魂石を置いてモニターを確認している。あれで魔魂石に宿る魔力量や石自体の重さを計っているんだ。計測が終わると俺達に笑顔で向き直った。


 「どれも一個二〇〇グランだから、合計五〇〇〇グランね。おめでとう」


 ご、五〇〇〇グラン!? 薬草採取クエストの報酬が五〇〇グランだったから、それの十倍!

 金が入った袋を渡され、中を確認してみると銀貨が五〇枚しっかり入っている。それを見て思わず笑みが溢れた。


 「タクト君、何か嬉しい事あったの?」


 アリスはいつの間にか俺から手を放して不思議そうに見上げている。俺が銀貨を一つ取り出して見せてやると「何それ美味しいの?」と真面目に尋ねられた。……食べられないように金は俺が持っておこう。


 「ところでそっちの子は誰かな? 冒険者登録はしてないと思うんだけど、妹ちゃん? それとも彼女かな?」


 ヘレナさんがニヤニヤと口角を上げてからかってくる。


 「違いますよ。というか実はこいつの事で相談があるんです」


 そう。俺がギルドにやって来た本当の目的はアリスをどうするか相談するためだ。

 実は街に戻る途中に家族や連れがいないか聞いてみたけど「私は一人」の一点張りだったのでアリスの事をどうしようか困っていたんだ。放っておく事なんて出来るわけ無いし。

 俺は多少事実を隠し、アリスを森で見つけた事と彼女には保護者がいない事をヘレナさんに伝えた。


 「うーん。それは困ったわね……。アリスちゃんのお家は近くにあるの?」

 「どうだ? お前の家はこの辺りにあるか?」

 「ううん。無い」


 アリスが首を横に振るのを見て俺とヘレナさんは同時に溜め息を吐いた。

 やがてヘレナは諦めたように他のギルドスタッフを呼んだ。そしてカウンターの奥で何やら話し合っている。そして結論が出たのかヘレナさんが戻ってきた。その顔は少し申し訳なさそうにしている。


 「えっとね……結論を言うと、君がその子の保護者になるしかないんじゃ無いかな?」


 この答えは俺も予想してなかった。俺が、アリスの保護者になる? 冗談だろ? 俺はまだ安定した生活を送るのが難しい新人冒険者なんだぜ。


 「養護施設に入れるとかは?」


 俺の提案にヘレナさんは首を横に振った。


 「残念だけどこの街には子供を預かる施設なんて無いのよ。ここは今でこそ交易都市なんて呼ばれているけど、元々は冒険者が一時的に集まる中継地だった所が、発展して大きくなった街なの。だから定住を考慮した施設の開発が遅れているのよ」


 マジですか。つまりアリスを引き取ってくれる施設が無いから、第一発見者の俺が責任取ってこいつの保護者になれと、そういう事ですか? ……うそーん。


 「それに冒険者になったばかりでこれだけ稼げるなら実力は確かな筈だし、きっとすぐにランクアップして安定した生活を送れるだろうって判断が……」


 うわぁ。まさかそこで話が終結しちゃったのか。くそぅ……一気に全部換金しようとしたのがいけなかったか。


 「タクト君……?」


 俺はアリスの顔をじっと見つめた。

 よく考えてみればこいつには気になる点が幾つもある。突然魔法陣の爆発と共に現れた事、酷かった外傷が僅かな時間で再生していた事、ゴブリンを倒した時に使った怪力にドス黒いオーラや炎。

 そして自分を“魔王”と名乗った事……。


 「……」


 考えれば考える程他人に任せるのは危険な気がする。


 「タクト君……そんなに見つめられると、恥ずかしい……」


 アリスは顔を赤らめ俺から目を逸らした。じっと見つめられ恥ずかしがっているその姿は少なくとも普通の少女にしか見えない。

 ローブの下に服を着てなくて水玉パンツをうっかり見せるような、お腹が鳴った時恥ずかしがって辺りを転がり回るような、嬉しそうにオムライスを食べて喜ぶような普通の少女。あれ? 最初のやつは普通じゃない気もするが……まぁ良いか。今は金もあるし服ぐらいは買ってやろう。


 「……アリス」

 「何、タクト君?」


 多分俺はこいつを放っておけないんだと思う。全てを疑い、怯えていた少女が俺に懐いてくれている。そんなこいつの思いに応えてみたいと思う自分がいるんだ。


 「良かったら俺と一緒に来ないか?」


 アリスは即答した。


 「うん!」


 俺はこれから二人分稼がないといけなくなる。もしかしたら一人じゃ起こらなかったようなトラブルに巻き込まれるかもしれない。でもこれ位の不安を抱えてる方が丁度良い。


 『冒険者は堅実さが大事。でもスリルが無いと楽しくない』


 ババアが生前に口酸っぱく言っていた言葉にもあるじゃないか。冒険者っていうのはスリルが無いと楽しくないんだ。堅実さは少々欠けているかもしれないけどな。

 俺はアリスの手を握った。アリスも力強く握り返した。

 ここから俺達二人の冒険者生活は始まるんだ。

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