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第九話(サイドA)

 

 女中頭に仕事を辞めさせて欲しいと伝えると、理由を尋ねられた。

 でも、うまく理由を思いつけないで、あの、とか、その、ばかりの私に折れてくれ、理由をそれ以上追及せず辞することを許された。

 また、いつでも戻ってらっしゃいとの言葉とともに。


 その後、シェリル達と話していた場所へ戻るとキャリーだけが待っていた。仕事をいつまでも放りだしているわけにはいかない。皆、仕事へと戻っていたのだ。

 キャリーは、一旦キャリーの身内の経営する宿屋に一泊し、翌日の昼にこの町を通る乗合馬車で二つ隣の町の食品店で働くようにと言った。口頭だけではなく、忘れないようにと紙にメモしてくれたらしい。

 しかし。何だろう、この細かい指示は。

 xx時に宿を出て乗合馬車の乗り場へ向かうこと、寄り道禁止、時間厳守、早すぎ不可、とか書かれてあるのだ。


「きちんと守ってちょうだいね。で、こっちの手紙は、あちらに着いたら奥様に渡してね」


 彼女は新しい職場の住所と名前が書かれた手紙を私に託した。私は頷きそれを受け取った。


「ありがとう。必ず渡すから。元気でね」


 私は涙がこぼれそうになるのを我慢しながらキャリーに礼を伝えた。

 彼女は笑って、私の肩を軽く叩いた。

 

「大丈夫よ、マリーン。心配しないで」


 涙を浮かべる私とは違って、彼女は笑みを浮かべている。その様子は自信にあふれているようだった。これから先のことを不安に思っていることが彼女に伝わって、安心させるためにそう振舞っているのかもしれない。私は頬をぴしゃりと叩いて。


「ええ。頑張るわ」


 彼女に微笑み返した。

 こうして、私は八年間働いた屋敷を去ることになったのだった。



 キャリーのくれた紙の指示通り、私は宿屋に一泊した。

 そうして今、私は荷物を入れた鞄を手に、町の中心地へと向かっている。町を出るための乗合馬車に乗るために。

 遠くの町へ行くには乗合馬車を利用することが普通だ。普通、馬車を借りるとなると結構なお金がかかるけど、乗合馬車を利用すれば格安で遠くまで短時間で行けるからだ。

 すでに何人かが乗合馬車の到着を待っている場所に私も並んで待つ。

 待ち人が4人になった頃、ようやく乗合馬車が到着した。


 御者の人に、お金を払い、馬車に乗り込む。遠くから私の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど、空耳だったのだろう。

 中は窮屈で十数人がひしめきあっていた。小さく身を縮めて座っていると、ほどなく馬車が動き始めた。

 右隣には恰幅のいい年配女性、左隣には年老いたがっしりとした男性が座っており、揺れるごとに私は両隣から押しつぶされそうだった。

 乗合馬車の車内には、汗や体臭などの籠った臭いが充満している。

 ガタガタと大きく揺れる乗合馬車は窮屈で非常に乗り心地が悪く、私はすぐに気分が悪くなった。我慢に我慢を重ねていたところで馬車が止まった。

 所々で休憩するのだろう。馬車の扉が開けられる。

 私は馬車から転がり降りるようにして飛び出し、道端で下を向き気持ち悪いのをなんとかやり過ごそうとした。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 そうして風にあたって涼んでいると、なんとなく治まってきた。

 ただ、またあの馬車に乗り込むのかと思うとかなり気が重かったけれど。


 ふうっ。

 ため息をついて立ち上がると、背後に人が立っている気配に驚いた。

 振り向くとさらに驚いた。

 明るい日差しに照らされたヒューイット様がそこにいたのだから。

 私は口を半開きにしたまま言葉も発することができないで、ただヒューイット様を見つめるだけだった。

 きっと、バカみたいな顔だったと思う。

 乗合馬車が動き始める音がして、はっと気を取り直した私は一瞬で顔を引き締め、乗合馬車に向かって駆け寄った。


「ま、待って頂戴っ。私も乗客よっ」


 そう声を張り上げたのが聞こえたのか、御者が馬車を止めてこちらを見た。


「構わない。行ってくれ」


 私の後ろからヒュー様の声がして、御者はそのまま馬に鞭を入れた。


「えっ、ち、ちょっとっ」


 駆け出した馬の音に掻き消され、私の声はきっと御者には届かなかっただろう。

 私は、遠ざかる乗合馬車を茫然と見送った。

 私の荷物を乗せたままの乗合馬車が小さくなっていくのを、ただただ見つめていた。


「マリーン」


 背後からヒュー様の声が耳に届いた。

 そういえば、どうしてここに?


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