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第六話(サイドB)

 

 お茶の後、マリーンの膝枕で午睡するようになった。

 昼寝にはいい季節でもあったし、やはり疲れが溜まっていたのだろう。

 ほんの短い間の午睡でもかなり効果があった。その後の頭の切り替えには丁度よいようで、新しい考えも湧きやすく、お茶の後の作業のはかどり具合が非常によいのだった。


 彼女の膝に頭を乗せ、たまには転がって彼女の腰やお尻の方まで腕を回す。咎められないのをいいことに、今日は腹部の方に顔を埋めお尻を撫でている。いつもはドレスに隠れて見えないウエストのくびれから尻にむけて手を這わせる。なかなかの弾力に撫でる、よりは手のひらに力がこもっているかもしれない。

 珍しく今日は眠気が訪れないようだ。

 だからと言ってこの膝から降りるつもりはなく彼女の匂いに包まれながら瞳を閉じてみる。尻を撫でる手はそれなりに動かしながら。

 そうしていると、ガクンっと振動が膝に伝わってきた。

 薄目を開けて彼女を見上げると、彼女は前かがみになり、というかかなり頭を落として揺れている。その体勢で背骨は大丈夫か?と思わせるほど丸く屈めていた。

 よく見ると彼女がうとうとしている。時折伝わってくる振動は、彼女がはっと気付いて体勢を戻そうとしているからだった。

 ユラユラ揺れては、はっと動きを止め、またゆらゆらと揺れる。

 眠ってしまえばいいのに。

 下から見上げる彼女は、口を半開きにしてやや間抜けな顔だ。

 自分を覆うように迫る胸と顔が頭上で揺れ、おかしな気分になってくる。


 すぐそこに降りてくる唇があどけなく。

 つい手を伸ばした。目の前で揺れる丸い胸に。

 下からすくい上げるように触れ、その柔らかい感触を味わう。

 そして、膝から頭を持ち上げ、その唇へと吸い込まれるように近付いた。柔らかい感触が唇に触れる。軽く、何度も。

 

 はふっ。

 彼女から漏れる息が何かを伝えようとしているようだが。


 彼女はトロンとした瞳で見つめ返してきた。まだ目が覚めていないのか焦点が合っていないようだ。

 まるで拒絶しない彼女に自分の行為がエスカレートしていく。上体を起こして彼女の背中を支えるように腕をまわし、自分へと引き寄せ息をわけあう。もっと深く。もっと長く。

 我ながら何を思ったのかわからない。今は、何も考えたくはなかった。

 自分の方へと彼女の上半身を押しつけ、彼女が背をしならせる。

 見上げる瞳は少し潤んでいて。

 ゆっくりと唇が開く。

 発せられるのは、言葉ではなく。


 吐息がもれ。

 それを再び自分の唇で覆う。息も声も全てを奪うように。

 時間を忘れて、そうしていた。


 しばらくすれば、彼女の息が上がり、唇が離れると荒い息のままくたりと自分へと寄りかかった。

 彼女が胸元に頭を擦り付けている。もう、と伝えようとしているのだろうが、甘えているようで可愛らしい。

 彼女の首の後ろに手をやり、促せば、彼女は顔を上げる。誘うように唇から吐息を漏らして。


 彼女の手が自分の二の腕を縋るように掴んだ。

 それに応じて、少しだけ休憩をあたえる。


 その時、背後に人の気配を感じた。

 サクッサクッと草を踏む音だ。


 邪魔者が。

 眉をしかめたが、彼女に気付かせたくはなかった。

 そして、まだしばらく動きたくはない。


 それにしても腹立たしかった。中断させられただけでなく、さすがにこの先はまずいと己の理性を取り戻させたことに。

 邪魔者に見せつけるように、彼女の唇を貪った。

 苛立ちのままに。

 最初はそうでも、次第に邪魔者のことなどどうでもよくなった。

 ただ、もう二度と理性を忘れ去ることができなかったのは、かなり痛かった。



 しばらくして、まだ上気したままのマリーンを連れ館へ戻ると、そこには招かざる客が待っていた。

 来客が部屋で待っていると執事に告げられ、名残りおしいながらもマリーンを下がらせた。

 客が来ていなかったらどうしていたのかと思うと、少々苦笑してしまうので、タイミングのいい客であったのかもしれない。おかげで、頭が冷えそうだ。覚めたくはなかったのだが。

 名残り惜しげにマリーンを見送ると、客の待つ部屋へと向かった。


 そこに待っていたのは、以前の夜会で親しくしていたことのある貴族女性デュシレーヌだった。

 彼女には数か月前に振られていた。他の貴族男性に乗りかえられたのである。よくあることだが、そいつは自分より貴族身分が上でありながら金はないぞ、と、内心思いながら。その時は非常に悔しかったが、それは単に、あの男より下だと判断されたことに対してなのだろう。

 実際に彼女に何らかの感情をいだいていたわけではない。そして彼女が自分に何かを想っていたわけでもない。


「近くに来たから寄ってみたの。一人で寂しい思いをしているんじゃないかと思って」


 思わせぶりな笑みを浮かべてそう言う彼女は、粘着質な視線を投げかけて来た。

 彼女は腕を絡めて話し続ける。


「ねぇ、今夜のサンデヴァン家で開かれる夜会のエスコートをして下さらない?」


 こんな風に媚を売るような態度の女性だっただろうか。もっと優しく大人しい女性だと思っていたのだが。

 しかし、思い出そうとしてもこの女性の性格をまるで覚えてはいなかった。会話も。意味のある会話など交わしたことがなかったのかもしれない。

 彼女がそういう性格だと思ったのは、その容姿と声の調子からだろう。


 言い寄っていたとはいえ振った男のところへやってくるとは、彼女は一体どういうつもりなのだろう。あの男性に振られたのだろうか。

 数ヶ月前の自分なら、それでもエスコートを引き受けただろう。条件が適度に満たされていて丁度いいという理由で。

 本当に誰でもよかったんだなと、情けなく思う。それなりに綺麗な貴族女性なら誰でも。

 そして、この女性も、貴族男性ならだれでもいいのだろう。より身分の高い貴族男性なら。

 これほどあからさまに見えるものかと思うと、過去の自分を見ているようで気分が悪い。


「あんな子に手を出すなんて、よっぽど寂しかったのね」


 庭に来たのはこの女性か? 無神経な言い方をする。

 クスリと笑う女性に冷たい視線を投げた。だが、そんなことで怯む女性ではなかった。


「今夜は楽しみましょ」


 彼女はにっこりと笑顔でそう言った。

 その彼女のドレスの裾を風が揺らしたが、彼女のきっちりと巻かれた耳元の髪はそよとも揺れない。


 部屋へと入り込む涼やかな田舎の風がこれほど似合わない女性がいるとは思わなかった。


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