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第二話(サイドB)

男性視点です。

 

 静かにドアが閉まる音で、目が覚めた。

 昨日から領地の家に帰ってきたのだった。周囲の明るい様子を見てそれを把握する。

 王都の屋敷は小さくて狭い。だから、こんな風に明るい日差しが入ってくることはない。王都の屋敷は、東隣に大きめの建物が隣接していているから朝日は特に。

 王都と領地では空気まで違うような気がする。王都での重苦しい空気が、ここにはない。

 瞳を開けたまま起き上がることもせず、ぼんやりと考えていた。


 数年前から個人資産を増やし、その金で領地の農地改良や最新の農作業具を購入することにより領地経営は順調に伸びてきている。父も自分のやり方を認めてくれており、全ては順調だった。

 ただ、結婚だけが思い通りにはならないのだった。

 このことを考えると、ため息が出る。

 相手がいることだけに、考えた通りに事が進むわけではなかった。自分の思い描いていた理想では、二十五歳(一年前)には結婚し領地に住んでいる予定だったというのに。今だ実現の目処はたっていない。

 もちろん、予定が狂うことは現実としてよくあることだとはわかっている。資産を増やすことにしても、領地の経営を回復させることも、簡単だったわけではないし、全てが予定通りに進んだわけではない。しかし、地道にそれは実現させてきた。自分にはそれができると思っていたし、絶対に実現させようと実績を少しずつ積み重ねていった結果でもある。

 結婚については予定通りにはいかないことを見越し早くから行動してきた。二十歳の頃から夜会に出て、社交デビューする貴族女性を相手に語らい、相手を見つけようとしてきたのだ。

 領地で共に暮らすことになる女性なら、明るくて元気で気立てが良くて一途に思ってくれて、領民を思いやる優しい女性がいいと思っていた。

 それなりに顔も整っている部類には入るが、田舎貴族ということで、王都の夜会ではあまりモテない。遊びの誘いはそれなりにあるが、遊びはしょせん遊びである。

 王都で社交デビューする貴族女性は、上昇志向が強いのか、より身分が上の貴族男性に声を掛けられると、それまでいい雰囲気になっていると思っていた自分をあっけなく袖にする。それがわかるまでに一年半を要した。

 上手く身分上の貴族男性を捕まえられなかったデビュー三年目の女性が、自分の誘いに応じてくれるとわかると、そういう相手に片っ端から声をかけた。

 いい雰囲気にまでは行く。だが、その先はない。

 どうしても結婚を申し込むほどには思いきれなかったのだ。

 宝石好きは将来が心配だとか、少しでも余所見をすると他の女性に気があるのかと問い詰められるのが鬱陶しいとか、いつもちやほやしていないと機嫌を損ねるのが面倒だとか。

 理由をつけては女性と距離を置くようになってしまうのだった。


 昨年婚約した友人が、ようやく結婚に漕ぎつけられそうなのが羨ましくて仕方がない。

 あんな風に想い想われる視線を交わす相手が、自分の過去にいただろうか。過去を振り返ると、この数年のことが虚しく感じられる。

 女性との付き合い方はよく知っていると自分では思っていた。友人よりもずっと女性のことがわかっているつもりだったのだが、果たして本当にそうだったのだろうか。

 友人は恋をしていた。では自分がしているのは、何なのだろう。それが、恋ではないことは確かだ。

 そんなものがなくとも結婚はできる。一緒に暮らすこともできるだろう。だが、その未来は?

 自分の描いた理想は、予定は、どうすればいいのだろう。

 理想は早く結婚して子供をもうけ、後を継ぐ次世代を育てること。そこに相手に対する感情は含まれていなかった。

 極論的には、相手は誰でもいいと思っていた。もちろん自分を第一に想ってくれる女性であることは必須条件だ。そうでありさえすれば、一緒にいればそれなりに情が湧くだろうと。もちろん、容姿や性格から声をかける女性は選んではいたのだが。

 

 昨夜も夜会に出席してみたが、虚しさが募るばかりだった。

 最近はいつもそうだ。女性ににこやかな笑顔を向け、自分の口からは滑らかに美しさを褒める言葉が挨拶のように繰り出される。それは言葉遊びのように上滑りする会話で、そこに心などこもってはいない。

 もちろん相手からも上手に返されるが、感情はまるで見えない。そこに何の意味があるのか。

 友人が身分違いの恋をしているときは、気の毒だと思った。

 そして同時に、そんな実らない恋など捨ててしまえばいいのにとも思っていた。愚かな想いだと。捨てきれない感情に振り回される男はみっともないと。

 だが、その深い想いは羨ましくもあった。その想いが実ったとなれば尚更に。

 そんな想いをいだけない自分は、薄情な人間なのかもしれない。


 友人のように想い想われたいと思いもするが、自分には無理なことなのだろう。

 そう思っていると、ドアが小さくノックされた。

 眠っているふりをして、目を閉じる。


 小さなノックの後、部屋へ女中が入ってきた。

 女中のドレスの布が擦れる音や、カタカタという陶器が小刻みにゆれることで起こる音がする。

 小さな物音をたてながら、女性が部屋をあちらこちらと歩いている。

 そして、彼女が立ち止まった。


「ヒュー様」


 ほんの小さな小さな声で。彼女はそう呟いた。

 静かに彼女はドアを出て行った。

 小さな声。しかし、その声はいつまでもそこに残っているようだった。


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