最終話の後(サイドA)
私達を乗せた馬車は、領主館を通り過ぎた。
途中でヒュー様が御者に言葉をかけていたので、行き先を変更したのだろうけれど。
私はヒュー様に寄り掛かりながら新緑が流れていく景色を窓から眺めていた。
ヒュー様もまた、私の腰に手を置いてゆっくりと撫でながら外を眺め、何かを考えているようだった。
馬車の揺れが止まり、私はヒュー様に手を取られて馬車を降りた。
そこは、私の実家である。
腰に腕をまわし私を引きよせて歩くヒュー様が、何を考えているのか全く分からない。
ノックをすると、現れた兄が驚いたように私達を見ている。私はどうにも気恥かしくて、それに説明もできなくて俯いた。
全てをヒュー様に任せることにして。
兄のぎこちない案内で部屋の中へ入った。
奥で聞こえていた家族の声が、ぴたりと止む。ちょうど遅めの昼食をとっていた頃だったらしい。
私達の姿を見たせいなのだろうけれど。どうしよう。
そう躊躇っていると。
「フォートン家の皆さん。実は、彼女マリーンと私ヒューイット・フロードランは結婚することになった」
はい?
思わず顔を上げた。
口を開けている家族がみな馬鹿面を並べている。たぶん、私と同じような顔で。
口は閉じようよ。そう思い、私は家族に視線で訴えた。ヒュー様に向かって父と母、兄、妹二人がポカンとしているものだから。
でも、逆に問い詰めるような視線が私に集中して返ってきた。
なんで?
どうして?
何があったの?
そんなことは早く説明しておけ!?
いやいや、私にもよくわかっていません。
無言の視線のやり取りで私達家族の間でぎこちなく顔が動き、目はギョロギョロと互いの間を彷徨っていた。どこかに答えをさがして。
似たような顔が並んで同じような目を見張った表情のまま、皆、何もわからないという結論に至る。
ただ、父だけは頭が真っ白になっているのか、私を凝視したまま動かない。
ヒュー様は、そんな家族の様子も気に留めることなく話を続けた。
「早々に結婚の手配はするが、父も母も今は旅行中だ。少し遅くなるだろう。が、それまで待つつもりはない。今日から実質的に彼女を妻として一緒に暮らすので、そのつもりでいて欲しい」
実質的に? 妻として一緒に暮らす?
「悪い噂がたたないよう気を付けてほしい」
それって、それって、まさか。
婚前交渉宣言……を家族にしているのでは。
父は、全てを放棄したみたい。
私はもちろん顔が真っ赤で。
さっきも恥ずかしかったけれど、家族の前でこれも、かなり恥ずかしい。嬉しさが全くないわけでないけれど。それ以上に、消えてしまいたいくらい恥ずかしい。
一番最初に気を取り直したのは、母だった。
「承知いたしました。行き遅れの娘ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
見事な立ち直りだった。
何が何だかわからないうちに、私はヒュー様に促され、再び馬車の乗客となった。
馬車で闇の中で揺られて長閑な景色を見ていると、次第に落ち着いてきて、ヒュー様に話しかける勇気がわいてきた。
いつもなら、とても話しかけられるような方ではないのだけれど、今は興奮のせいか緊張のせいで気を大きくしてしまっているらしい。
「どうしてあんなことをおっしゃったのですか?」
口調が少し咎めるようになってしまった。
「嫌だったかい?」
ヒュー様は少し困ったような声で。私はさっきの言い方が悪かったと反省する。失礼なもの言いをしてしまった。
「いえ、その。家族には言わなくてもよかったのでは、と」
「一緒に暮らすことを? 未婚の女性と暮らすには相応の理由が必要だし、ご両親にも誤解されては困るだろう?」
「一緒にって、その、」
私は言葉に詰まってしまった。どう言えばいいのか。
つまり、全てが急すぎて。
「急で悪いとは思う。でも、待つつもりはない」
「でも、領主様や奥様にも……」
「父も母も反対はしない。僕は出来るだけ早く子供が欲しい」
その言葉に、急いでいる理由を納得した。少しだけ。
でも、一週間も待てばご領主様夫妻は帰ってこられる予定なのだけれど、それが待てないとは。
私の疑問が沈黙に現れていたのか、ヒュー様は話を続ける。
「君は若くない。すでに二十三歳だ。普通に結婚した夫婦が最初の子供を授かるには三~五年はかかってしまうんだ。この国の平均では」
ヒュー様の最初の言葉が胸にグッサリと突き刺さった。
それはもう深々と。
君は若くない。若くない。若く、ない……。
「だから、早く子供が欲しい僕としては少しでも早く子作りに励みたいんだよ」
その後のヒュー様の言葉が頭に入ってこない。
しかし話は次第に熱を帯びてきた。声に力が入っている。
「子供が欲しいだけではないよ? マリーンのことは好きだし、子供を作る行為も好きだ。他人の三倍の回数をこなせば、三年が一年になるかもしれないから、今夜から頑張ろう。回数には自信があるから」
マリーンのことは好き。
それ以外の言葉は意味不明で耳をサラサラと流れていき、私の耳にはその言葉だけが残った。さきほどの胸にグッサリきたダメージも一気に消え、胸がどきどきと弾む。
マリーンのことは、好き。
嬉しくて。
私は小さく答えた。
「はい、ヒュー様。私もヒュー様が大好きです」
「そうか。よかった」
安心したような声でそう答えるヒュー様に私は身体を寄りかからせる。ヒュー様はそれを助けるように腕をまわしてくださった。
もうしばらくこうしているのも悪くない。
そう思いながら私は瞳を閉じた。
~The End~
「不器量な王女の恋」に登場したロンバートの友人のお話でした。
いまいちだと思う方もいらっしゃるでしょう。しかしっ!
真面目な彼がやっと恋に落ちてくれて私は満足です。
皆様、最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。
m(_ _)m