6話 温度差がすごいと思いました
怪我人に薬が行き渡り、その辺の人たちの中で話し合いのようなものが行われ。
結局道案内兼護衛として3人が選ばれた。
少なくて申し訳ありませんと謝られてしまったが、どうやら戦える人間自体がここにはいないらしい。
彼らは辛うじて動ける、というレベルの怪我を負っていたために非戦闘要員をつれ撤退してきたらしい。
負傷していても戦える人間は街の外壁を拠点に築かれた防衛線に留まっているということだ。
その話を聞いたときルクレチアは倒れそうになった。
辛うじて動ける、と言ったが一人は左腕が失われていたし、他の二人も問答無用でベッドに縛り付けたいレベルの大怪我だったのだ。
ルクレチアなら気を失う自信がある。というより、意識を保っていたくないレベルだ。
いっそ一思いに死にたくなるくらいの痛みだろう。
ちぎれた腕さえ再生させる回復薬のチート性能には感謝したが、この世界の騎士という人種の職業意識というか覚悟の違いの方がすごすぎる。
それだけの怪我をしても、治ればすぐに戦場に戻ろうというのだから。
傷が癒え、血と煤、泥や何か分らないもので汚れた鎧を可能な限り拭い、それなりの準備を整えた騎士たちが紹介される。
「私達が案内させて頂きます。スヴェンと申します。必ず守りますので、どうか安心してください」
代表なのか真っ先に深々と頭を下げたのは三人の中で一番年配のおじさんだった。
自分の年の半分にも満たないであろうルクレチアに、深々と頭を下げて丁寧な挨拶をしてくれる。
他の二人は一歩引いたところに直立不動で立っており、畏まっている感じがする。
態度は格式張っているというか、訓練を受けた人間という印象を受けるが三人とも武装なんかはばらばらで、あまり騎士という感じはしない。
騎士というと立派な鎧を着て帯剣してるイメージがあるのだが。
彼らは胸元にエンブレムを着けているのが共通しているくらいだ。
それでも戦うことを生業にしている人間らしい、威圧感とも言うべき雰囲気を纏っている感じがする。
そんな彼らの丁寧な態度に中身は一般人のルクレチアは慌てて礼を返す。
「ルクレチアと申します。よろしくお願いします」
ぺこり、と頭を下げるとわたわたと手を振り、
「いや、そんな! 女神様に助けて頂いたのはこっちの方ですので!」
叫ばれてしまった。
怪しまれたり侮られるよりはましだが、崇め奉られるのもよい気分ではない。
結界、とか魔術師という単語がでたのでそれなりに魔法がある世界なのかと思ったが、回復系統や薬系統は発展していないのかもしれない。
彼らがルクレチアに向けるのは強い畏敬と崇拝だ。
正直、一般市民には針のむしろのような視線でもある。
全力で謝って逃げ出したい気持ちで一杯になる。
ルクレチアは目立つのは罪悪のような錯覚さえもっている小市民なのだ。
彼女が困って曖昧な微笑みを浮かべ首を傾げていると、残り二人が自己紹介してくれた。
膠着しつつある空気を読んでくれたらしい。
「ザムゾンです、よろしくお願いします」
「ヴィリーです」
斧を持っているのがザムゾンさん、槍を持っているのがヴィリーさんらしい。
スヴェンさんは剣を持っているので覚えやすい。
発音が生粋の日本人には辛いものがあるが。
(言葉が通じてよかった……)
この年で一から言語を覚えるなんてのは勘弁してほしい。
文字らしきものはまだ見ていないが、理解出来るものであることを祈っておく。
漢字にひらがな、カタカナの混ざった日本語が使われているなんて可能性は限りなく低そうだが。
むしろ、使われてたらその経緯が気になる。
スヴェンさんとザムゾンさんが先導し、背後をヴィリーさんに守られるという形で街中を進んでいく。
いくつか見えた看板の文字は謎の象形文字にしか見えなかったが注視するとゲーム内での説明書きのように日本語で訳文が浮かび上がってみえた。
視線をずらすと消えてしまうので如何にもゲーム的なサポート機能のようだ。
石畳の道はアスファルトと違って凸凹がある。サンダルの薄い底越しに感じるその感触は何処までもリアルで。
周囲の景色のリアルさと、視界内に映るゲームシステムがあまりに不釣り合いでいっそ気持ち悪い。
(あれ、でもこれならこの人達の装備とか分るかなー?)
仮にも騎士というのだからそれなりの装備だろうし、それに使われてる素材や付与魔法から強さやレベルを推し量ることも出来るだろう。
そう思って前を歩くスヴェンの鎧を注視する。
そして浮かび上がったのは……
名称【鉄の胸当て】 防御力10/15
どこから突っ込めばいいのか、迷ってしまう。
鉄って。鋼でさえないのか。むしろ青銅じゃなくてよかったとかいうべきなんだろうか。
1/3壊れているが、大怪我を考慮すればよく1/3で済んでるというべきだろうか。
それとも防具が2/3無事なのに大怪我をするなというべきなのか。
なんで特殊効果も付与魔法も掛かってないような防具を使ってるのかと聞くべきなんだろうか。
それともこれが普通の装備なんだろうか。
(……初期装備でももうちょっとマシじゃない?)
戦うのだろうか、これで。
戦ってたんだろうなぁ……。
思わず遠い目をしてしまう。
何か装備を提供すべきかとも思ったが、騎士という人種に今すぐ出せそうな装備はあいにく無い。
アイテムボックス内には100種類までしか入らないのだ。
ルクレチアが常時持ち歩くのは各種ポーションと武器や防具の予備、それに記録石や消耗品などだが、それだけでアイテム数は20を超える。
あと80弱といえば余裕があるようだが、素材集めなどをしていれば意外とすぐに埋まる。
しかも死んだときにLostする可能性もある。
自分が使えもしない品を常時入れていくような人はいないだろう。
攻撃魔法の威力を上げるための杖や、各属性のダメージを下げるマントという類の装備なら持ち歩いているが。
一瞬、≪ホーム≫に戻ってそれなりの装備を作ってくるべきかとも思ったが時間が問題だろう。
移動の時間だけでも結構なものだ。
彼らが戦わないですむように召喚モンスターを呼んで守るほうがいいだろう。
この状態では薬を配るだけの時間さえ無事でいられる気が全くしない。
敵の種類にもよるだろうが……。
「あの、魔物の姿とか……強さを教えてもらえますか? あと、数なんかも」
(なんだか結局魔物も撃退しなきゃいけないような流れになってるような……)
ため息を吐きそうになりながらもスヴェンさんに話を振る。
振り向いた彼は不安そうな表情をしている。
ルクレチアが戦う力はない、といったのを覚えているのだろう。
ちょうど前方に破壊された建物が見えるようになってきたため、ルクレチアが怯えていると思ったのかもしれない。
「大多数はストーンウルフですね。毛皮の代わりに岩を纏った狼のような姿をしています。これは騎士であれば一対一でも何とか倒せますが……今回は数が多く、300はいました。他にストーンリザードという石で出来た蜥蜴のような姿をした魔物がいましたが、これは分隊規模でやっと一体相手に出来るかどうかという強さです」
(基本の騎士の強さが謎だ……。個人差とかもあるだろうに。そして分隊って何人なんだろう)
聞いてもよく分からなかった。
「大丈夫です! 必ず、お守りします!」
怯えていると思ったのかザムゾンさんが大声で保証してくれた。
気持ちは嬉しいが、今目の前でストーンリザードは一人じゃ相手できないくらい強いといわれてたので気休めにしかならない。
見た目からして岩素材のモンスターということは剣はあまり通用しないイメージもあるし。
ゲーム内では見た目がどんなに硬くても当たりさえすれば(武器の相性によって前後するとはいえ)ダメージが与えられていたが、このリアルっぽい異世界ではどうなのだろう。
十把一絡げに”騎士ならストーンウルフに対抗できる”という言い方をするのだから武装によって手も足も出せないと言うことはない気がするが。
呼び出すモンスターをなににしようか、と悩みながら歩くルクレチアは気付いていなかった。
破壊された建物が頑丈そうな煉瓦造りであることに。
そして、破壊された痕跡の巨大さに。
短いです。