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異質なカケラ  作者: 白夜
1/6

1話 クエストだと思いました



 目の前に広がる密林。

 ジャングルめいたその地で、ルクレチアは小さな広い花を採取していた。

 大木に絡む蔦に咲く、小さな白い花。

 地味で目立たない花だが、その花は万能薬の原料になる。

 もっとも、いくつもある材料のひとつに過ぎず、単体では熱を差ます効果があると設定されているだけだが。

 

 ≪設定≫


 そう、ここはゲームの中だ。

 もう15年ほども稼働しているヴァーチャル体験型オンラインゲーム「Stigma ~刻印を持つ者達の物語~」

 年数を経ているだけに他の、最新の技術が使われたゲームに比べれば様々な面で格段に劣る。


 ルクレチアが立つフィールドも最新のものなら不快にならない程度の温度・湿度・匂いがあるだろうが、このゲームにはない。

 フィールドBGMが熱帯の動物の声を流し、多少は温度が高く設定されているが、それだけだ。

 その中で見る密林はいかにも作り物めいている。

 そんな他のゲームに大きく差をつけられたグラフィック面に加え、システムも後先を考えない調整や延命措置を繰り返したおかげで新規プレイヤーには敷居が高すぎるものになってしまっている。

 当初は7つあったサーバーもついにこのシャンゼリゼ鯖だけになって久しい。

 いつサービス終了が発表されてもおかしくない状態だ。


 当初いた友人達も大多数がサーバー閉鎖の移動時に引退してしまった。

 それでもルクレチアがこのゲームを続けているのは残る友人がいることと、基本的に新しいものが苦手で慣れ親しんだシステムから離れて新天地を求める気になれなかったことが大きい。

 レベル&スキル制だが、稼働年数が経つにつれ延命のためにスキルを封入するアイテムなどが発売されたせいもあり、ソロで遊びやすいというのもあるが。

 特に初期は生産をメインに置いた遊び方をしていたこともあり、消耗品などの調達に困ることはほとんどない。

 スキル封入の指輪が導入されてからは魔法系スキルをあげたりしていたので市場に流れなくなった素材も自力で調達出来るようになった。


 そういった、ソロでの遊びやすさがますます人口の減少を促進しているわけだが。

 さらに運営難からか、ソロでは入手困難な素材や消耗品まで課金アイテムとして販売されてしまった現状ではプレイヤー間の流通は絶望的だ。

 ルクレチアも憧れていた素材が発売されたときは必要以上に買い込んでしまったが、それっきりだ。

 素材から出来るはずの武器も防具もろくに作っていない。一通り作ってしまえば、それで満足してしまった。

 それ以上作ったとしても、安易に手に入るようになった以上、需要はほとんどない。

 ほしい人間は自分で買うか、友人に頼んでしまうからだ。

 リアルマネーを使いたくない人はプレイヤーから買うだろうが、ルクレチアに声が掛かることはなかった。


 人のいないMMOほどつまらないものはない。

 昔は人気の採取スポットだったこの場所でも、最後に他人を見たのはいつだろう。

 生産品はすでに個人で消費するために作るだけで、売り物にはならない状態が続いて久しい。

 そして個人で使うならたいした量はいらないのだ。

 ルクレチアは消耗品屋をやっていた時期があっただけに、在庫を万に迫るほど持っている。

 それでもこうして材料を集めているのはただの惰性に過ぎない。

 元々は生産職を選んでいただけに、アイテムの収集が好きなのだ。

 使う当てのない素材とはいえ、在庫が多ければ多いほど安心する。

 鉄鉱石などの下位素材は言うに及ばず、ミスリルやオリハルコンなどのレア素材もかなりの量を保有している。

 逆に、戦闘能力……特に単身での攻撃能力はほとんどないのだが。

 ボスドロップ品などといったレア装備もほとんど持たない。

 現在のスキル構成がメイジ寄りとはいえ、素材採取を念頭に置いた構成で移動能力に1000のスキル枠のうち300を使うという偏り方だ。

 召喚魔法で護衛を作り出し、強い敵が来たらすぐ逃げるというのを信条にしている状態だったりする。


 気が済むまで花を摘み、≪ホーム≫へ帰るために護衛に出していたウッド・ドラゴンを帰還させる。

 花の量は200と少し。多いわけではないが、惰性で集めているだけなので構わない。

 ≪ホーム≫に戻れば在庫は過剰にあるのだから。


 ≪ホーム≫は個人用の拠点だ。キャラに付属するアイテムボックスには100種類しか入らないが、ホームには1000種類まで置ける。

 基本はワンルームだが、別途販売の拡張パックで最大庭付き4LDKという広さにでき、生産施設や薬草園も作れるのでルクレチアは当然のごとく最大まで拡張した。

 料理スキルもあるのでキッチンもあるし、インテリアにもこだわったお気に入りの家だ。

 現実では狭いワンルームにすんでいるのでこちらで過ごす時間くらい広い家に住みたかったというのもあるのだが。

 ルクレチアは基本的に自由な時間のほとんどをこの世界で過ごし、リアルは仕事を除けば最低限しか過ごさない。

 浮いたお金をほとんどゲームに費やすというあまり褒められない生活をしているのだ。

 かろうじて仕事に支障を出していないだけマシだろうが。


 ≪ホーム≫への帰還は簡単だ。街などへ移動するにはテレポートの魔法か、移動用の魔石を使う必要があるが≪ホーム≫なら戦闘中でない限り、それぞれのもつ刻印に触れて「帰還」と言うだけで良い。

 刻印とはプレイヤーが全員持つ、神の加護だ。戦士なら戦神の加護を受けその刻印が右手の甲に刻まれる。

 それぞれに形も違うが、ルクレチアの刻印は創造神のものだから両手の平に浮かぶので、祈るように手を組み合わせるだけでいい。


 ルクレチアが手を組み合わせたとき、それまで誰もいなかったはずの空間に人が現れた。


 (うわぁ、久しぶり。ここで他のプレイヤーなんて見たの何ヶ月ぶりだろう?)


 驚いて思わず凝視してしまう。

 MMOでそれはどうかと思うのだが、本当に久しぶりの遭遇なのだ。

 しかも現れた女性は粗末な黒いワンピース姿だ。どう見ても特殊効果などありそうにない。

 ルクレチアも普段着姿ではあるが、それでも一応それなりの防御力を持つローブを着ている。

 密林というフィールドに場違いという点では大差はないだろうが。


 服装に気をとられたルクレチアだが、すぐにさらなる異常に気付くことになる。

 彼女には頭上に表示されるはずの名前がなかったのだ。


 (あれ、バグかな? 装備もプレイヤーキャラっぽくないし、NPCだったり?)


 まるで、何かに戸惑うようにきょろきょろと辺りを見回していた黒衣の女性が、慌てたようにルクレチアの前に跪く。


 「あのっ。あなた様が女神のお導きになった方ですね!? どうか、どうか、私たちの街を救ってください!」


 必死の訴えだったが、あいにくとルクレチアには馴染んだものだった。

 クエストでは見知らぬNPCが急に話しかけ必死の形相で頼み込む、なんて珍しくもないことだからだ。


 このゲームの目的は明確には定められていない。いくつかのクエストを通して世界を救う、と言うものがあるがやらなくても支障がない程度のものだ。

 世界に蔓延るモンスターの討伐。数とレベルによって名声が得られ、街の一角に≪ホーム≫とは別の拠点を得ることが出来るようになる。さらに、ボスモンスターを討伐すれば英雄として富と名声を得ることも出来る。

 生産者は金銭で道ばたに露店を出せたり、一定以上のレア装備を作り、献上すれば一流の証として店を構えることが出来る。

 そこまで大きなクエストでなくとも、小さなクエストは無数にある。

 それこそ転んだ子供の手当を頼まれるとか、迷子の女性を目的地まで送り届けるとまで多彩だ。


 街を救ってくれ、というのなら多少規模の大きなクエストのようだが。

 これまでこの場所でそんなクエストが発生したという話は聞いたことがなかった。

 

 (レアクエストなら報酬、期待できるかな~? どうせ、暇だし。無理っぽかったらキャンセルすればいいよね)

 

 何か珍しいアイテムが手に入るかもしれない。ルクレチアはそんな軽い気持ちしか、抱いてはいなかった。

 

 「救うって何が起きたんですか? 私に解決できそうなら受けますよ―」


 ごくごく軽い承諾。

 それでも、黒衣の女性には十分だったのだろう。

 いや、いい加減にすら見える態度をとられても縋るしかなかったのだろうか。


 「病が、伝染病で。みんな死んでしまって……百人以上、罹患して。罹ったら死ぬのを待つばかりで。助けてください!」


 「病気かぁ。だからここなのかな? うん、薬は足りるだろうし。やってみるよ―」


 (薬の在庫量とかがトリガーなのかなぁ? それが発生条件にしては緩いけど。ま、いっか)


 「ありがとうございます! 女神エルニスよ、感謝いたしますっ」


 聞いたことのない名前に混乱する間もなく。

 ルクレチアの姿はその場から消え失せていた。


 そしてあとには粗末な黒い服を着た女性の骸だけが残される。

 それも数刻のうちには辺りの獣やモンスターの胃に収まることになったが。

 

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