捨てられた?花嫁
神聖な教会の聖堂に集った参列者達は騒然となった。
この日、王都では、国内でも有数の財力を誇る伯爵家の令息と、国境を護る軍事力に優れた辺境伯家三女との結婚式が執り行われていた。
司祭が式を執り行い、さぁ今から新郎新婦が誓いの言葉を交わそうというタイミングになって、突然花婿がとんでも無いことを言い出したのだ。
「サラ、悪いがこの結婚は無しだ。婚約は破棄させてもらう」
参列者達が騒然となるのも仕方ない話だ。
婚約者が夜会の場などで公然と婚約破棄をする、という騒動は、ここ数年王都の貴族の間で流行していた。
戯曲の一幕を模倣したものであると言われている。
「私は愛のない、偽りの結婚には耐えられない! 私は真実の愛に目覚めたのだ!」
本来ならば、婚約破棄などどちらかが一方的に宣言できるものではない。明らかな不貞や犯罪を犯しての逮捕投獄などと言う大事件でもなければ、到底認められないようなものだ。
おまけに、破棄された方も醜聞がついて回り、一生モノの傷をつけられるようなものである。
これまでに王都内で繰り広げられた婚約破棄騒動は、破棄を申し出た側が相手に多額の賠償金、違約金、慰謝料を支払うという結末に至っている。
中には、世間知らずな令嬢が何も考えず、ただ流行っているからと破棄騒動を起こした挙句、賠償金で男爵家が潰れた、などという実例まで存在する。
「どういうおつもりですか」
聖堂の祭壇前にいる花嫁は、怒り狂うこともなくつとめて冷静に、というか冷淡に、夫となるはずだった若者を睨んでいる。
「これが最後の確認です。本当に、私たちの結婚を取りやめるおつもりなんですか?」
「そうだ。サラ、キミには申し訳ないと思っている。だが私は真実の愛に目覚めた以上、偽りの愛で結びつく結婚など、到底受け入れられないのだ!」
若い男は大仰な身振りで、芝居がかった表情と台詞回しを続けている。
参列者達は、驚きというよりも呆れ果てたような表情で、この茶番を眺めていた。
一字一句違わず、昨今の破棄騒動流行のきっかけとなった戯曲のセリフそのままである。何なら破棄される花嫁の名である『サラ』まで戯曲のヒロインと一致している。
「何を馬鹿なことを言っている! ダニエル、お前自分が何を言っているかわかって――」
「皆さま」
新郎親族の席に座っていた壮年の男が顔を真っ赤にして立ち上がり、芝居に酔っている若き花婿を怒鳴りつける。
が、伯爵の言葉は花嫁に遮られた。
「ここにご列席の皆様が証人です。わたくし、トランドル辺境伯家三女サラは、一切の咎なくして不当に婚約を破棄されました。それも結婚式の当日に、ご列席の皆様の面前で。婦女子としてこれ以上の恥辱はございません。わたくしは、ミルズ伯爵家に断固抗議いたします。お父様、お母様、よろしいですね」
ガタン、と派手な音を立てて、大柄な男と凛々しい顔立ちの貴婦人が同時に立ち上がる。
さらに続いて数名の、屈強な軍人と思しき者達も立ち上がった。
中心にいる精悍な髭の男は、鋭い目で花婿を睨みつけた。
「ミルズ卿、これは只事では済まされんぞ」
「お、お待ちくださいトランドル卿! これはその、息子は高熱で正気をうしなっているのです! どうかお鎮まりを!」
「公衆の面前で娘を辱められ! 家名に泥を塗られて泣き寝入りしろと言うのか! 卿はどこまで我がトランドル辺境伯家を侮辱するのだ!」
怒り狂った辺境伯は、参列者席の最前列に腰掛ける優男に歩み寄り、その足元に跪く。
「王弟殿下、この度は御前にて斯様な醜態を晒してしまい申し開きのしようもございません」
ざわ、と聖堂内がざわついた。
この場に王族がいることは、両家の当主しか知らされていなかった。
王族の前で公然と婚約破棄になどしてしまっては、もはや言い逃れなど不可能だ。
「この上は、我が辺境伯家の12万の軍勢をもって娘を辱めたミルズ伯爵家に――」
「トランドル卿、娘を持つ父として卿の気持ちはわかる。だが国の守りを担う卿が軍をもって対応するというのは、下手をすると国を二分する内戦になる。ここは私が預からせてもらうとしよう」
国王の右腕であり、軍のトップである大元帥の地位にある王弟はゆっくりと立ち上がり参列者達へと振り返る。
「皆、この場で起きたことは口外無用だ、サラ嬢の名誉に関わる。良いな、口外無用だぞ。この場は私が預かる。ミルズ伯爵家並びに伯爵家に連なるものは退出せよ。ミルズ卿、それにダニエル、事態の重さは理解しているな? 私から追って沙汰があるまで謹慎だ」
「で、殿下! 違うのです! これは――」
「謹慎だ、と言ったぞ。私は今日は兄の、国王陛下の名代として参列している。私の言葉はすなわち国王陛下のお言葉である」
伯爵は血の気の引いた顔で力無くへたり込んだ。
家格としては格上となる辺境伯家との婚姻を、よりによって婚儀の当日、公衆の面前で破棄するなど前代未聞の事態だ。
下手をすれば国内で血が流れる内戦になりかねない。
「ミルズ卿、覚悟しておくことだな。サラ嬢は文武両道にして公明正大な人柄で知られている。そんな貴婦人をこのような神聖な場で辱めるなど、断じてあってはならん」
「殿下! お待ちを! ち、違うのです、これはダニエルが勝手にやった事なのです!」
「そのダニエルは、伯爵家の跡取り息子であろう。もはや貴公の顔を見るのも不愉快だ。下がれ」
いつの間にか聖堂内に入り込んだ衛兵たちにより、トランドル辺境伯一家以外の全員が締め出される。
悲劇のヒロインとなった令嬢サラは、うつむいたまま手で覆っていた顔をひょい、と上げて、なぜか快活な笑みを浮かべた。
「うまくいきましたわね、お父様、王弟殿下」
「まったく、お前は平然としすぎだ。少しは泣く程度の演技をしたらよかったのにな」
「あら、わたくしそんなにヤワに見えますかしら」
サラは雑に髪飾りやベールを剥ぎ取り、傍に駆け寄った侍女にぽいと投げ渡した。
この結婚式は、言わば茶番であった。
高利貸しにより多くの貴族への影響力を急速強めていた伯爵は、王族から危険視されていた。
法外な利息や違法な取り立てにより、財産を丸ごと奪われることも多かった上、家の没落や娘を娼館に売りに出さざるを得なくなる、といった事態にも発展していた。
事態を重く見た国王は、令息ダニエルと婚約関係にあった辺境伯家三女のサラと辺境伯に相談を持ちかけると、元々『軟弱な男との結婚などまっぴら御免』と密かに語っていた令嬢サラは『わたくしに策がございます』と語り、繰り返し婚約者ダニエルを戯曲観劇に連れ出していた。
案の定、戯曲に感化されたダニエルは婚約破棄を画策するようになる。
すべては、サラの掌の上の出来事だった。
「さ、じゃあお父様? 約束は守ってくださいますよね?」
「わかった。冒険者になりたい、というなら、もう止めはせん。本当に行くのだな?」
「もちろんです! わたくし、子供の頃からドラゴン討伐が夢でしたの! さぁ、早速実家に帰って旅支度ですわ!」
はぁ、と大仰にため息を吐いた王弟と辺境伯は、呆れたような苦笑を浮かべ、顔を見合わせた。
今回は、ファンタジー世界での婚約破棄という王道のテーマでショート・ショートを書いてみました。
同じくファンタジー世界を舞台とした長編「光のまほう」も連載しています。
毎日21時に新エピソードを公開していますので、こちらもよろしければ勢、お楽しみください。




