2032/07/10
病室を覗くと、見慣れぬ長い髪に、見知った顔のついた彼女が座っていた。
声をかけるのを躊躇して、入り口に立っていると後ろから、人が小さくなって謝りながら横切った。
俺たちも、すみませんと小声を出すと、彼女が顔を上げた。
『あれ?さつき…?おっさんになったね!』
あまりにも昔のままな彼女に、なんだかとても変な心地がした。
『あ、誕生日おめで…ちがうのか!そうか!今日って4月20日じゃないんだもんね。やっばー、大混乱!』
記憶がないという重大事実を前にして、この余裕がある感じ。
心底変わっていない、というか、本当に昔のツバキなんだと実感が湧く。
友人、颯の電話が鳴る。
そのまま仕事の呼び出しだと帰って行った。
もともとそのつもりだったという疑念はあるが、しかたないので話そうか。
「久しぶり」
『えー私一昨日会った感覚だからおもしろいな笑
いつぶりなの?』
「5年ぶりかな」
『あらーやっぱ別れたんだね。ごめんねなんか、今更よねきっと』
俺たちが別れたのは9/26。でもツバキは4/20を生きてる。
やっぱりって、そんなに前から好きだったのか。
『私、なんて振ったの?』
「…急に、やりたいことができたからって」
俺はどうして今小さな嘘をついたのだろう。
それにどうしてツバキは、自分が振る理由を俺に尋ねたんだ?
『そっかー、結局そんな理由しか思いつかなかったのね。ごめんね、引きずったでしょ?
ほんとは、好きな人ができたとかいうつもりだったんだけど、ちょうどよく納得してくれそうな人見繕えなかったみたい』
最初に嘘をついたのは彼女だったらしい。
それをいまさら聞いたところで、俺はもう動けないのだけど。
当時、彼女からは、昔好きだった人と再会したら好きになってしまったと言われた。
その彼は共通の友人で、3人で飲み会をしたすぐ後の出来事だった。
彼は、俺が勝てる相手ではないスペックで、いい友達で。
とてもじゃないが反論できなかった。
今の彼女の言葉が本当ならば、あの頃の俺は彼女の策にまんまとハマったことになる。
飲みに行きたいと言ったところから作戦だったのかもしれない。
怖い女だ。別れてよかった。
…でも、そうだとしたらなんで…
7月の黄昏。
面会終了時刻が刻々と近づく。
「次、来た時、聞きたいことがある」
『へ?また来てくれるんだ。私今月退院しちゃうから早めにね!』
別れるつもりの彼女が、幸せそうに俺の次を待つ理由を知りたくなってしまった。




