4話 同僚
「一ノ瀬さんは、前の会社で後進国支援のコンサルをしてたんでしょう。どんなことやっていたの。」
花音の会社の女性社員とランチに来ていたの。
最近は、だいぶ女性としてしゃべれるようになっていたわ。
「例えば、国連やJICAと組んで、日本企業や外国企業の海外進出を支援することで、最終的に後進国の生活レベルを上げるということかな。その意味では、起業家支援のコンサルと近いともいえるわ。」
「そうなんだ。だから、当社に来たのね。期待の新人といわれてたけど、一緒にがんばろうね。ところで、かなり若そうだけど、おいくつなの?」
「こちらこそ、よろしくお願いします。24歳で、あと2か月で25歳になります。」
「見た目通り、まだ若いんだ。私は、アラサーの三角 瑠香。瑠香と呼んでいいわ。」
「じゃあ、瑠香さん、私のことは乃愛と呼んでくれると嬉しい。」
「がんばろうね。ところで、最初に言っておくけど、社長の花音さんは、気を付けた方がいいわよ。」
「どういうこと。SNSでも人格者だと言ってたけど。」
「そんなのは表面だけ。まず、男性に手を出すのが早いし、男性をえこひいきするの。」
「そんな人かしら?」
「見てればわかるわ。乃愛も、すぐに、男性社員たちの失敗の責任を押し付けられるわよ。」
女性の嫉妬かしら。
花音はそんな人ではないことは私が一番知っている。
しかも、瑠香は花音のもとで働いているんでしょう。
こんな小さな会社では、社員同士が尊敬しあわないとやっていけないでしょう。
「ところで、私、温泉めぐりが趣味なの。会社の同僚とはどうかと思うかもしれないけど、男性の間ではサウナに同僚と一緒に行くことも流行ってるみたいだし、どうかしら。まずは近場で、豊洲にある万葉倶楽部に一緒に行ってみない?」
「行ったことないけど、楽しいかも。」
「朝10時から入って、お昼はビュッフェなんて楽しいよ。どう、温泉だけで4,000円ぐらい、ビュッフェで3,000円ぐらいかな。」
「結構高いのね。」
「でも、1日満喫できるからお得よ。朝ご飯抜いて、お腹空かせて行くのもいいじゃない。」
「そうかもね。じゃあ、行こうかしら。」
「善は急げね。今週末の土曜日、10時に現地集合でどう?」
「いきなりね。でも行けそう。行くわ。」
「楽しみ。決まりね。」
土曜日、万葉倶楽部の入口で待っていると、瑠香が手をふって走ってきた。
「ごめん、少し遅れちゃったかな。」
「大丈夫。まだ10時前だし。」
「さあ、入ろう。」
「ええ。」
浴衣もいろいろあって、温泉はとても楽しめた。
久しぶりの開放感というか、屋上の景色も良かったかな。
豊洲のお刺身なども満喫できたし。
でも、少し悲しかったこともある。
元男性なのに、誰もが女性としか見ないこと。
温泉で、知らない女性の横を通っても、だれもがお互い裸でいることを気にしない。
誰がどこから見ても女性なんだなという現実を再確認させられたの。
もう男性には戻れないんだと悲しい気持ちに襲われた。
更衣所で瑠香が声をかけてきた。
「乃愛って、気分を害したら申し訳ないんだけど、ブラの付け方をもう少し変えた方がいいわよ。今日、気づいたんだけど、職場で見ているより、結構、バストは大きいじゃない。これって、ブラの付け方で見た目、損をしていると思う。実は、私、学生の頃、ランジェリーショップでアルバイトしていて、ブラの付け方などのアドバイスもしてたの。」
「そうなの。」
「ちょっと、こっちに来てみて。少しかがんで、脇の脂肪を集めるの。そして、ストラップは少し短くした方がいいかな。ほら、とってもボリュームがでたじゃない。」
「本当だ。」
私たちの会話を聞いたのか、50歳ぐらいのおばさんが声をかけてきた。
「お嬢さん、いいかしら。私にもアドバイスしてくれる?」
「ええ、お姉さんは、とってもフィットしているじゃないですか。満点ですよ。」
「そうなの。嬉しいわ。ありがとう。」
その女性は嬉しそうに歩いていった。
「そなのね。」
「嘘、嘘。1人ひとりアドバイスしてたらきりないし。ああ、言っておけばいいの。さて、乃愛のことだけど、もともと、乃愛って、きれいだし、スタイルがいいんだから、もう少し気を使ったほうがいいわよ。お姉さんからのアドバイスかな。」
「ありがとう。」
「もう1点、メイクも少しアドバイスしてもいい?」
「もちろん、お願い。」
「もう少し、チークをしっかり入れた方がいいと思うの。こうやって、チークブラシで円を描いて自然になじませて。ほら、やっぱり、とってもかわいいわ。」
鏡をみたとき、これまで以上に可愛い乃愛がいた。
乃愛って、とっても可愛かったのね。
ガーナで長時間一緒に過ごしたのに、こんな可愛らしい姿を見たことがなかった。
業務が忙しくて、メイクに時間を割けなかったのかもしれない。
ごめんね、乃愛。
でも、自分がどんどん可愛くなっていくことに不思議と嬉しくなっていたの。
もと男性だというのに。
「さあ、温泉も満喫したし、そろそろ帰ろうか。」
「そうね。もうこれ以上いると、湯当たりしちゃうかも。」
「ここまできたら、もう1つチャレンジしちゃいましょう。」
「なにかしら。」
「帰りに豊洲駅に寄るわよ。」
「それで。」
「着いてくればわかるって。」
瑠香が連れて行ってくれた先には、豊洲のネイルサロンがあった。
少しお金もかかったけど、ジェルネイルをつけるのは楽しかったわ。
女性として普通に過ごしていく時間が増えていくことに自分でも驚いていた。
でも、メイクとか十分知らずに、これまで一ノ瀬さんの美しさを出せてなかった。
一ノ瀬さんのためにも、この体を美しくしていかないと。
週明け、会社に行くと、朝から男性の先輩が花音と深刻な顔をしていたの。
「どうしたんですか。」
花音は私の姿を見て、少し驚いた後、歯ぎしりをしていた。
どうしたんだろう。
「あなた、しっかりしてよ。来たばかりで慣れないかもしれないけど、もう少しできると思っていたわ。」
「なんのことですか?」
「あなたのせいで、大谷沙也加様がお怒りよ。」
「どなたですか? 大谷様とは。」
「なにをとぼけているのよ。あなたのクライアントでしょう。私、嘘をいう人って、本当に嫌いなの。だいたい、さかりのついた猫じゃないんだから、メイクとかネイルとかに時間使い過ぎじゃないの。そんな時間があるんだったら、もう少し真剣に仕事してよ。あなたは、アウトプットの品質よりも、男性のお客様に色目を使っていればいいと思ってるんでしょう。だから、クライアントが若い女性だからって、バカにしたのね。あなたを採用して失敗だったかしら。」
どういうことなんだろう。
本当に、そんな人、名前も聞いたことがない。
目の前の男性の先輩はほっとした顔となり、ニヤリとした。
これが、男性の失敗を女性に押し付けるという、瑠香が言っていたことかしら。
目をつり上げ、冷たく見下す花音が目の前にいた。




