エピローグ
乃愛は、単純で扱いやすい。
清らかな心なんて臭い言葉を本気で信じるなんて、ばかなやつだ。
カルティエの指輪も偽物だということを全く疑っていない。
昔の事件のことを聞いて1週間、距離を置いた理由がわかるか?
男性だったことにショックを受けたわけじゃない。
女性は、毎日のように声を掛けられ、突然、静寂になると寂しさを覚える生き物。
そんな時に、愛しているという一言をかけてやれば、鎧は溶けおちてしまう。
それを悪用しただけ。自然なふりをして。
大学の時は少なかった親の借金は、どう頑張っても返せないほど多額になっていた。
それを苦にして死んだ両親の借金を、気づくと僕が支払うことになっている。
そんな時、アルバイトしている時にゼミナールにいた乃愛のことを思い出した。
親から多額の遺産を譲り受けたという噂を。
そして、乃愛にクライアントという立場を利用して会ったんだ。
僕が期待しているのは、乃愛が親から譲り受けた莫大な遺産だけ。
男性だったなんてどうでもいい。
まあ、男性だったとしても、気持ちも体も女性だから嫌な気持ちはない。
まずは、事業で失敗して借金ができたと言って、お金をだまし取ろう。
借金を返してもまだ金はあるようだから、結婚して、全て吸い上げてしまえばいい。
乃愛を抱きしめながら、半年ぐらい前のことを思い出していた。
東京駅で花音を見かけ、声をかけようとしたとき。
スマホで誰かと話す花音の声が聞こえた。
「隆一は、エッチが下手なのよ。頭も悪いし。あえていい所と言ったらイケメンなところかな。まあ、乃愛があんなイケメンと付き合っているのは気に食わないし、別れさせたくて声をかけたの。でも、乃愛とは別れたみたいだし、もう用済みね。」
僕のエッチが下手? 頭が悪い?
なんで、そんなことを言われなければならないんだ。
しかも、僕を捨てるような言葉を。
僕は、この世の中を支配するために生まれた優秀な人材。
神に選ばれた人なんだ。
たまたま親が多額の借金を作り、今は苦労しているだけ。
そのうち、みんなが僕にひれ伏す。
お金がなくて3流大学に入ったけど、本当は優秀なんだ。
大学の時はアルバイトで忙しくて、女性と付き合うこともなかった。
だからエッチの経験が少なかっただけだ。
全て、両親の借金のせいで、僕が選ばれた人だということを否定するものはない。
もう少しすれば、誰もが僕に注目し、すがってくる。
女性たちも、憧れの表情で、僕に近づいてくる。
時代が追いついていないだけ。
最初は乃愛の金を狙っていた。
でも、花音が現れ、社長としてお金をたんまり持っていることを知る。
それなら、超美人の花音を使った方がいいと思って乃愛と別れた。
でも、花音は僕にお金を1円も出してくれない。
しかも、花音は僕のことをあんな風に思っていたと知った。
とんでもないやつだ。
神に選ばれた僕を侮辱するなんて許せない。
乃愛と別れたのは失敗だったな。
乃愛だったら、困ったといえば、何も言わずにお金を出してくれる。
乃愛はそんなやつだ。
このままだと借金を返せず、殺される。
乃愛とよりを戻すのがいい。
でも、僕のことを侮辱する花音の言葉が頭の中で共鳴した。
花音には、耐えられない辱めをしてやろう。
僕は、ナイフをポケットに入れて花音の部屋の前で待ち構えていた。
ふと、我に返ると、抱きしめている乃愛が僕を見上げ、笑みが溢れている。
そんなことよりも、雪が降り、体が凍るように冷たい。
でも、早く部屋に入れてもらいたいと思う気持ちが表情に出ないようにしていた。
乃愛は、これからも、一生の金づるとして騙し続けるのだから。




