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異世界奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.2 聖女
10/22

10. 沈黙の塔

その騎士と正面から相対した瞬間、俺の身体はまるで見えない鎖で縛られたかのように動かなくなった。


視界を占めるのは、頭の天辺から足の爪先まで、一切の汚れを許さぬ純白の鎧。

磨き上げられた装甲は聖堂の光を反射し、こちらを見下ろす姿は人というより――障壁に近い。


俺の身長でも見上げるほどの巨躯。

おそらく二メートルは超えている。

わずかに露出している手首や足首は丸太のように太く、肩に担ぐ大剣を容易に振るえるだけの膂力を隠しもしない。

鎧に覆われていても分かる。

その肉体は、俺がこれまで殴ってきたどんな強敵よりも「仕上がって」いる。


――ヴァイス・シャッハ。


聖教会が秘匿する最高戦力。

限りなく黒に近いこの組織において、間違いなく最強格。

今回の事件を解決するために、避けては通れない存在だ。


情報屋(ベルベット)の話では、その数は六。


(……なら)


こいつが一人でいるこの状況は、むしろ好機のはず。

残りが集結する前に叩く。

理屈の上では、それが最善。


だが――


胸の奥で、第六感が狂ったように警鐘を鳴らしている。

今すぐ離脱しろ。

一刻も早く距離を取れ。

理性ではなく、本能がそう叫んでいた。


俺はそれを無理やり押し殺し、一歩だけ下がって口を開く。


「お前は……ヴァイス・シャッハで間違いないな」


返事はない。


白騎士は微動だにせず、ただそこに立っている。

先ほど、俺の拳を受け止めた時と同じ。

まるで、俺という存在が“対象外”であるかのような態度。


その無視が、わずかに癇に障った。

俺はもう一度、言葉を――


「無駄だよ。今の彼は“(ルーク)”だから」


「――っ!」


耳元で囁かれた声に、反射的に距離を取る。

後方へ跳び、床を蹴って着地。


「ちょっと!そんな反応されたら傷つくんだけど」


膝をついた姿勢のまま顔を上げると、そこにはトレードマークである黒と白の修道服を纏った金髪の少女が立っていた。

腰に手を当て、不満げにこちらを見下ろしている。


「……ユディ、様」


「はい! ユディ様です。ちゃんと名前で呼んでくれて嬉しいよ!」


いつも通りの調子で、彼女はにこりと笑った。


「それよりロイス君、こんな時間に、こんなところで何してるの?」


その無邪気な声を聞いた瞬間、胸の奥に違和感が走る。


――おかしい。


あまりにも自然すぎる。

この地下で行われていたことを、本当に知らないのか?


(ガレノスの独断……? いや、あいつは自らを魔導開発局の局長と名乗っていた)


それなりの立場だ。

部下の研究内容を、把握していないはずがない。


俺が黙って見つめていると、ユディ様は周囲をきょろきょろと見回し、何かに気づいたように表情を明るくした。

だが、口を開く直前で、その顔がわずかに曇る。


次の瞬間、背後から、掠れた声が聞こえた。


「……聖女……様……」


視線を向ける。


そこには、倒したはずのガレノスが、ふらつきながら立ち上がっていた。

顎は――砕いたはずの顎は、すでに形を取り戻している。

言葉を発するだけの機能を、完全に回復していた。


(回復魔法……か)


舌打ちを噛み殺す。


通常の魔法師が相手なら、顎を砕いた時点で詠唱は不可能になる。

声を失えば魔法は使えない。

素の身体能力も低い連中に対しては、これ以上ない有効手段だ。


俺は、騎士団で叩き込まれた通りに動いた。

正しい手順で、正しい一撃を入れた。

――それでも、仕留めきれなかった。


(……ちっ)


内心で舌打ちする。

今すぐにでも追撃を叩き込みたい衝動を、辛うじて抑え込んだ。


ここで動けば、すべてが崩れる。

聖女――ユディ様の出方を見極める必要があった。


俺は剣を構えたまま、一歩も動かず、あえて“傍観”を選ぶ。


その視線の先で、老人がふらつきながらも姿勢を正し、聖女へと向き直った。


「聖女様……ああ、聖女様……!」


ガレノスは地に膝をつき、深く頭を垂れる。


「この老骨をお救いいただき、誠に感謝しております……!貴方様のために行っていた研究が、なぜかそこのクソガキに知られておりまして……捕らえようとしたのですが、少し油断してしまい……」


先ほどまでの尊大な態度は影も形もない。

震える声で、ひたすら恥と忠誠を並べ立てる姿は、哀れですらあった。


そんな老人に、聖女はゆっくりと振り返り、手を差し伸べる。


「いいのよ、ガレノス。

君は私のためを思って行動してくれたんでしょう?」


その声音は、驚くほど柔らかい。


「恥じることなんて、何もないよ」


「……聖女様……!」


「それで?どんな研究かは詳しく知らないけど、順調なの?」


(……知らない?)


俺は思わず眉をひそめた。


聖女は、研究内容を把握していない?

あれだけ大規模で、しかも地下に施設まで作っておいて?


(ガレノスの独断……?それとも、他の連中も……)


横目で白騎士を確認する。

相変わらず、塔のように仁王立ちのまま、微動だにしない。


――命令待ちの駒。


その無機質さに、背筋が粟立つ。


俺は意識を会話へ戻した。


「よくぞ聞いて下さいました!」


ガレノスは弾かれたように顔を上げる。


「ワシの研究は、薬によって人工的に異能を付与するものに御座います!現在は十歳未満の子供にしか試しておりませんが、いずれは大人にも応用できるかと……!」


声が、次第に熱を帯びていく。


「そうなれば、我ら聖教会の戦力は飛躍的に増強されますぞ!」


「……」


俺の位置からでは、聖女の表情は見えない。

背を向けたまま、静かに話を聞いている。


その沈黙が、やけに長く感じられた。


(どう受け取る……?)


息を詰め、成り行きを見守る。


「ガレノス。その薬、今ここで出せるの?」


「はっ!こちらに!」


老人は慌てて懐を探り、小さな木箱を取り出した。

蓋を開くと、中には緑色の液体を満たした注射器が一本。


「この薬を使用すれば、即座に能力が発現します。現時点での成功率は四割ほどですが、実験を重ねることで着実に向上しており……!」


「ふーん……これが……」


聖女が注射器を手に取る。


その声色に、微かな違和感を覚えた。

興味――ではない。

どこか、冷めた響き。


それを察したのか、ガレノスは慌てて立ち上がる。


「た、確かに現段階では成功率が低いのは事実です!ですが、ここ数日の人体実験によって原因はほぼ解明できております!もう少しお待ちいただければ、必ず完成品を――――」


その言葉は、最後まで紡がれなかった。


唐突に、音が消える。


次の瞬間。




老人の首筋に、注射器が深く突き立てられていた。


「……!?」


思考が、完全に止まった。


聖女の突発的な行動に、俺とガレノスの時間が同時に凍りつく。

次の瞬間、自分の首元に突き立つ異物を理解したのだろう。老人は、信じられないものを見る目で聖女を見上げた。


「……な、ぜ……」


掠れた声が漏れる。


「つまらない……残念だよ……」


聖女――ユディは、まるで壊れた玩具を評するように呟いた。


「ウチの地下に、こんな大層な場所を用意して、何やらコソコソしてるのは知ってたよ?でもね、あえて何をしてるのか調べないようにしてたんだ。その方が、わくわくするでしょ?」


背筋が、嫌な冷たさに撫でられる。


「……でも、蓋を開けてみたらこんな下らない内容だったなんて。人工技能?そんなの、もう学園の“あいつ”が完成させてるよ?」


(あいつ......?)


「分かる?ガレノス。貴方、完全に出遅れてるの。しかもまだ欠陥品……本当に残念」


淡々と、しかし何処か楽しげに。


「子供達も可哀想に。もっと有意義なことに使()()()()()()だったね」


――言葉を、失った。


同時に、ガレノスが呻き声を上げて崩れ落ちる。

全身を蝕む激痛に耐えきれず、床を掻き、蹲る。


ユディはその様子を一瞥するだけで、完全に興味を失った顔をしていた。

そして――俺を見る。


「ごめんね!邪魔が入っちゃった」


両手を合わせ、申し訳なさそうに笑う。

あまりにも“いつも通り”の仕草に、喉の奥がひりついた。


恐怖、という言葉が一番近い。


「それにしても、よくこんな場所準備したよね〜。研究も無駄だったし、何に使おうか……」


独り言のように首を傾げ――ぱっと顔を輝かせる。


「そうだ!あれ、やってみたかったんだ!」


嫌な予感が、確信に変わる。


「増え鬼・ごっこ!知ってる?鬼を一人決めて、十数えたら、鬼がみんなを追いかけてタッチするの。タッチされた人も鬼になって、どんどん増えるやつ!」


楽しそうに、弾む声で。


「普段は爺がうるさくて絶対やらせてもらえないんだけど……今ならできそう!」


「……なあ」


堪えきれず、喉の奥から声が漏れる。


「私と、(ルーク)と、ロイス君の三人しかいないから、すぐ終わっちゃいそうだけど、まあいいや!どっちやりたい?私的には――」


「おい!!」


俺は、声を荒げていた。


ユディはビクッと肩を跳ねさせ、恨めしそうに俺を見る。


「急に大きい声出さないでよ!びっくりしたじゃない!」


「……そんなことより」


意識して、言葉を選ぶ。


「……ユディ、様」


俺が名を呼ぶと、彼女は小さく首を傾げた。


「なあに?」


「その研究について、あなたは……」


言葉を探す。

怒りをぶつければ楽だった。

だが、それをした瞬間、何かを見誤る気がした。


「――あれを、どう思っている」


問いに、ユディは少しだけ考える素振りを見せた。

ほんの一瞬。

そして、あっさりと答える。


「つまらないなって思ったよ」


「……は?」


「だってさ」


彼女は注射器を軽く揺らしながら、楽しげに言う。


「努力して、積み重ねて、やっと四割なんでしょ?そんな不安定なものに賭けるなんて、趣味が悪いよ」


研究を否定する声音には、

嫌悪も怒りもなかった。

ただの評価だった。


「じゃあ……子供たちは」


喉が、わずかに詰まる。


「実験に使われた子供たちは、どうでもいいのか」


ユディは俺を見る。

初めて、真正面から。蒼い瞳が暗く煌めく。


「どうでもいい、は違うかな」


「……違う?」


「“運がなかった”だけ」


本当に残念そうに、そう言った。


「生まれとか、才能とか、立場とか。世界って、そういうもので決まるでしょ?」


その言葉は、あまりにも自然で、

反論の形を成さなかった。


「私はね、ロイス君」


ユディは一歩、こちらに近づく。


「嘘をつかない人が好きなの」


「……何だ、それは」


「君は怒ってる」

「許せないって顔をしてる」

「でも、それを隠さない」


くすっと、小さく笑う。


「だから、ちょっと気に入ってるんだよ」


背筋に、冷たいものが走る。

好意を向けられているはずなのに、

一切、救われた気がしない。


「……だからと言って」


俺は剣を握り直す。


「見逃す理由にはならない。責任者として、あなたには――」


「王宮に行け、って?」


先回りするように、ユディが言った。


「うん、無理」


即答。


「私、忙しいし。明後日は生誕祭だよ?準備しなきゃ」


「駄目だ」


剣に、僅かに力を込める。


「これは王国騎士団副団長としての命令だ。無理矢理にでも、連れていく」


――ここから先は、もう交渉じゃない。必要なら、敵として斬る覚悟はある。


そう言いながら、俺が腰の短剣に手をかけた――その瞬間だった。


床に伏していたはずのガレノスの様子が、明らかに変わった。


「……聖女、様……セイジョ、サマ……セイジョサマセイジョサマセイジョサマセイジョサマセイジョサマセイジョサマ――アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


歪んだ祈りのような叫びと同時に、老人の全身が膨張する。

骨が軋み、肉が盛り上がり、ボコボコと不気味な音を立てながら異常な速度で膨れ上がっていく。


一瞬で二階建ての家をも超える巨体へ。

そこに、かつての老魔法師の面影は一切なかった。


――怪物。


「あ、あは……あははははは!」


甲高い笑い声が響く。


「なに、なにそれ、なんて醜い姿!まるで化け物じゃないっ!」


腹を抱え、涙を浮かべながらユディが笑い転げる。


「ガレノス、貴方いつも退屈だったけど……今の姿は最高だよ!

研究の甲斐があったみたいだね!あははは!だめ、お腹痛い、ははははっ!」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


自我を失い、意味のない叫びを上げ続ける怪物。

それを見て、心から楽しそうに笑う聖女。


人体実験に失敗すれば、ああなる。

そう理解した瞬間――視界が、ぐらりと歪んだ。


俺の目に映る光景が、

まるで聖女が“子供達”を見て笑っているように重なった。


数日前、初めて話した時に目にした、民に対する慈愛の表情。


(……あの時の姿は、嘘だったのか)


胸の奥で、何かが決定的に壊れる。


「――っ!」


我慢は、もう限界だった。


「ーーユディ!!」


俺は床を強く蹴り、踏み込む。


――だが、その動きを遮るように。


(ルーク)


純白の騎士が、割り込んできた。


左手一本で大剣を振り上げ、横薙ぎに放たれる一撃。

その巨体に似合わぬ、異様なまでに鋭い斬撃。


咄嗟に短剣で受け止める。


「――――ッッ!!」


衝撃が、腕を通じて全身を貫いた。


重い。

想定を遥かに超える。


俺の身体は宙を舞い、声を上げる間もなく――

入口付近の壁に、叩きつけられた。


視界が白く弾け、肺の空気が一気に吐き出される。


「……っ、かはっ」


動けない。


そんな俺を一瞥し、聖女はいつの間にか広間の反対側に立っていた。


「それじゃ!あとはよろしくね、(ルーク)


ひらりと手を上げる。


すると、先程と同じように壁に切れ目が走り、

その奥に薄暗い通路が口を開けた。


「ロイス君ってさ」


聖女は立ち止まらずに言う。


「”英雄”には向いてないよ。重すぎるから」


胸が、嫌な音を立てる。


「でもね、"器"には、向いてる」


意味が分からず、言葉を失う。


「何を入れても壊れなさそう」



「人の想いとか……怨みとか」



「そんな(ロイスくん)が割れたら――その時は、すごく綺麗だろうね」


そこまで言い切ると、笑顔で振り返る。


「君にはまだ期待してるからさ。もーっと、もっと……私を楽しませてね?」


その言葉を最後に、彼女は通路の奥へと消えた。


残されたのは、

崩れ落ちる俺と、純白の騎士、そして――

咆哮を上げ続ける怪物だけ。


(……くそっ)


この狂気を。

あの女を。


必ず――俺が。


「アアアアアアアアアアアアアアア――」


耳障りな咆哮が、大広間に反響する。


聖女の消えた通路の方角へ、怪物と化したガレノスが這いずっていく。

巨体を引きずりながら、赤子のように泣き叫び、石畳を砕き、削り、ゆっくりと、しかし確実に進む。


――追いかけるつもりだ。


その執念に、背筋が冷える。


だが、怪物の進路を塞ぐように、

いつの間にか――純白の騎士が立っていた。


異様なほど不釣り合いな二つの影が、静かに向かい合う。


一瞬、視線が交錯した。


先に動いたのは、怪物だった。


見下ろすように白騎士を捉えると、

まるで羽虫を払うかのように、巨大な腕を振るう。


技でも何でもない。

ただの張り手。


だが、その質量、その速度、その一撃がもたらす破壊は――

相手が人間であれば、即死は免れない。


――相対するのが、白騎士でなければ。


迫る巨腕を前にしても、白騎士は一切動じない。


大剣を両手で握りしめ、

ゆっくりと、天へ掲げる。


そして――この日、初めて。


低く、無機質な声が響いた。


(ゴウ)(ライ)


(――っ!?)


上段から、振り下ろされる一閃。


それは斬撃というより、落雷だった。


空気が裂け、

大地が震え、

視界が白く染まる。


巨大なガレノスの身体は、頭から足先まで真っ二つ。

否、それだけでは終わらない。


斬撃の余波は部屋そのものを貫き、

天井から床まで――俺の視界に入るすべてを両断した。


声を発する暇すらなく、

怪物は衝撃に粉砕され、肉片すら残さず、この世から消滅した。


「……なっ」


衝撃で、意識が一気に現実へ引き戻される。


身体の痛みも忘れ、俺は思わず立ち上がっていた。


「おい!何故――お前が、その技を知っている!」


返事はない。


「答えろ!」


それでも、白騎士は沈黙を守ったまま、こちらを向く。


だが――

その構え、その立ち姿。


嫌というほど、見覚えがあった。


俺の師。

俺の義父。


“王都騎士団団長”。


イヴァン=ヴァルフリート。


脳裏に浮かぶその姿が、

目の前の白騎士と、重なる。


「……まさか」


喉が、ひくりと鳴る。


「イヴァン、団長……なのか……?」


理解が追いつかない。


だが、そんな俺を置き去りにするように、白騎士は地を蹴った。


「くそっ!」


考えるより先に、身体が動く。


轟雷ゴウライ


再び、轟音。


振り下ろされる大剣を、

俺は二対の短剣で、かろうじて受け止めた。


刃が噛み合った、その瞬間。


――違う。


力負けじゃない。

速さでもない。


白騎士は、俺の踏み込みを「見てから」合わせてきている。

いや、読んだ上で、わざと半拍遅らせている。


正確すぎる。

無駄がなさすぎる。


「――っ!!」


至近距離で叩き込まれる一撃。


重い。

比喩ではない。


まるで――巨大な城を、正面から受け止めているかのようだ。


全身の骨が軋み、

空間そのものが歪むほどの重圧に、呼吸が止まる。


交差する刃から火花が散り、

溢れた衝撃で、足元の石畳にひびが走った。


俺は歯を食いしばり、型通りに刃を滑らせる。

騎士団で叩き込まれた、最も堅実な返し。


防御、体重移動、反撃の導線。

すべて――正しい。


……なのに。


白騎士は、その“正しさ”を最短距離で潰す。


派手な技はない。

読み合いも、駆け引きもない。


ただ一つ。

「お前は間違えている」

そう断じるかのような剣。


(……同じ、だ)


技も、重さも、殺意も。


「ぐっ……おおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」


全身にかかる圧力に、喉から獣じみた声が漏れる。


刃を噛み合わせたまま、押し潰されそうになる意識の底で、

不意に――声が蘇った。


――異能に溺れるな。


確かに強大な力ではあるが、それは数ある選択肢の一つに過ぎない。

最後に信じるべきは、鍛錬の末に手にした己の力だ。


(……イヴァン団長)


あの人は、そう言っていた。


当時の俺は、その言葉を疑わなかった。

朝から晩まで剣を振り、意識を失うまで鍛錬を続けた。

技を磨き、型を叩き込み、ただひたすら――強くなろうとした。


だが。


どれほど剣を振っても、

どれほど血反吐を吐くほど鍛えても。


――あの技だけは、どうしても身につかなかった。


轟雷。


団長が一度だけ見せてくれた、あの剣。


日に日に沈んでいく俺を見かねた執事(アルド)の勧めで、

団長の実子に剣を教えることになった。


ダン。


あの少年は、父譲りの才能で、

俺が積み上げた技を、まるで息をするように吸収していった。


やがて、模擬戦で――本気で挑んだ試合で負けた。


あのときのダンの視線。

失望とも、達観ともつかない、あの目。


今でも、はっきりと思い出せる。


(……ああ)


その日を境に、

俺は剣から逃げた。


大剣を封印し、

鍛錬の時間は減り、

いつの間にか覚えた“異能”に、すがるようになった。


自分でも分かっていた。

呆れられて当然だと。


義父――イヴァンと向き合う時間も、自然と減っていった。


(あのまま……)


諦めずに、剣を振り続けていれば。

俺は、ここに立っていなかったのだろうか。


(……くそ)


ピシッ。


過去の記憶に、ひびが入る。


同時に――現実で、短剣に走る亀裂。


今なお増す圧力に、

俺の短剣は、完全に限界を超えていた。



刃が砕ける、その刹那。


白騎士と、目が合った。


そこにあったのは、殺意でも、怒りでもない。


――失望。


いや、違う。

それはもっと冷たい。


評価だ。


「まだ、そこか」


声はなかった。

だが、確かにそう言われた気がした。


そして。



――ぱりん。


折れた刃とともに均衡が崩れ、

獲物を叩き切った勢いのまま、白騎士の一撃が襲いかかる。


軌道はわずかに逸れた。

だが、それだけ。


肩から腰までを一気に切り裂かれ、

衝撃ごと、周囲を巻き込み地面に叩きつけられる。


「――――――」


声が、出ない。


ぼろ切れのように宙を舞いながら、

俺は、ぼんやりと思った。


――俺は、何をしている。


半端な正義感で聖教会に噛みつき、

その柱の一人に完敗し、

聖女を逃し、

挙句、自分の弱さを敵に突きつけられて。


(……情けねえな、俺)


そう思ったところで、

意識は、静かに闇へ落ちていった。




・・・・・・・・

・・・・・

・・・





半壊した大広間に、静寂が戻った。


標的の沈黙を確認すると、白騎士は動きを止める。

砕けた石畳と割れたステンドグラスから差し込む光を浴びながら、

命令を待つ駒のように、その場に立ち尽くしていた。


……。


どれほどの時間が流れたのか。


どぽん、と。


床に伏していたロイスの影が、不自然に広がった。

影はまるで水面のように揺らぎ、静かに波打つ。


血を流した身体が、

抵抗することもなく、ゆっくりと――

自らの影の中へ沈み込んでいく。


引きずり込まれる悲鳴も、

抗う動きもない。


やがて、ロイスの姿は完全に消失した。


……。


白騎士は、その一部始終を無言で見届けると、

何かを思う素振りも見せず、踵を返す。


次の瞬間、

その姿もまた、音もなく消え去った。


半壊した大広間に残されたのは、

砕け散った石と、

冷え切った静寂だけだった。



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