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異世界奇譚  作者: ツチノコ太郎
ep.1 選別
1/22

01. 記されなかった物語

皆様は――

奇譚(きたん)”という言葉をご存知でしょうカ。


信じる心を踏みにじられ、仲間を奪われた孤独な鬼。

長きにわたり蹂躙されてきた下位種族。その最底辺から現れた『個』。

醜き姿で生を受け、迫害の果てに祈りを捨てた天使。

幾千の夜を越え、長命種として世界を見届け続けた末に愛を乞い続けた吸血鬼の女王。


奇しき伝説。

語り継がれし魂の偏執。


人はそれらを――

“奇譚”と呼びマス。


ある者は天を仰ぎ、

ある者は泥を啜ル。


異なる世界に生きる彼らは、皆一様に、

己だけの絶望を抱えていタ。


それでも立ち上がった者たちの、

――魂の記録。


さテ。

これよりお話しするのは、

そんな数多の奇譚の片隅で起きた、

“記されなかった物語”でございマス。


どうぞ最後まで、お付き合いくださイ――。







漆黒の鉈が、僕の目の前、ほんの数センチを通過した。


遅れて叩きつけられる風圧に目を細めながら、僕は一歩も引かず、むしろ踏み込む。

逃げるという選択肢は、とうに消えていた。


能力上昇ブースト


声が戦場に落ちる。

同時に、全身を青白い光が包み込んだ。


筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋み、血流が限界を超えて加速する。

次の瞬間、僕の視界は敵の懐にあった。


右目は既に潰れている。

左腕も、肩口から力なく垂れ下がったままだ。


それでも構わない。

今、必要なのは――目の前の存在を殺すことだけだ。


敵は、小柄な人型。

緑がかった肌に、尖った耳。

鋭利な爪と、異様に発達した筋肉。


深度四モンスター――

小鬼王ゴブリンキング


本来なら、F級探索者が遭遇していい相手じゃない。


『ガァアアアアアアアアアァァァァ!!』


獣じみた咆哮と共に、奴が地を蹴る。

振り下ろされる漆黒の鉈が、空間に暗紫色の残光を引いた。


掠めれば即死。

無造作な一撃でさえ、命を奪う。


それを、紙一重でかわす。


瞬きは許されない。

視線を逸らす余裕もない。


これは戦いじゃない。

生き残るための、足掻きだ。


吹雪が荒れ狂う白銀の世界で、体温が奪われていく。

雪を蹴るたび、足裏の感覚が薄れていく。


能力上昇ブースト


何度目かも分からない。

体はとっくに限界を超えている。


能力上昇ブーストォォォォォッ!!」


視界が赤く染まる。

目から、耳から、鼻から、口から血が溢れ出す。


だが――


世界が、遅くなった。


舞い落ちる雪片。

宙を漂う血飛沫。

すべてが静止画のように引き延ばされる。


その停滞を切り裂いて、僕だけが動く。


能力上昇ブースト


殺す。

殺す。

殺す。


右手の大剣を砕けるほどに握り締め、

常理を踏み越えた神速の一閃を叩き込む。


無数の閃光。

火花。

衝突音。


だが――


音速を超える俺の斬撃を、

小鬼王は同じ速度の刃で、完璧に叩き落とす。


再び突きつけられる、圧倒的な差。


そして、僕は見た。


奴の顔に浮かぶ――

愉悦の笑みを。


恐怖はない。

焦りもない。


まるで、

"同類だと思ったが、違った"

そう告げるかのような視線。


「――――ッ!」


刃と刃が擦れ合い、火花が散る。

その熱で、足元の雪が溶けていく。


下から突き上げられる黒鉈を弾き、

生じた一瞬の隙に、僕は上段蹴りを叩き込んだ。


重い衝撃。

小鬼王の小躯が、わずかに後退する。


――通じた。


だが、それだけだ。


次の瞬間。


乾いた小枝が折れたような、

場違いな音が響いた。


視界の端で、

見慣れたはずの右腕が、

折れた大剣と共に宙を舞っていた。


「――――ぁ」


白銀の世界に朱が散る。


この時、俺はまだ知らなかった。

この戦場が、

“選ばれた者の舞台”だったということを。





数日前ーー



探索都市オルンティアは、いつも騒がしい。


石畳を踏み鳴らす探索者たちの足音、露店から立ち上る香辛料の匂い、武器屋の軒先で金属を叩く乾いた音。それらが混ざり合い、街全体が生き物のように脈打っている。


探索者ギルドの建物も、その喧騒の中心にあり、人間だけではない多様な姿が行き交っていた。


尖った耳を外套の下に隠した細身の探索者。

石のように硬い皮膚を持つ、背の低い重装の戦士。

その隣を、二本の角を持つ亜人の少女が軽やかに駆け抜けていく。


「“常勝の誓い”の皆様、ランクアップおめでとうございます!」


受付嬢の快活な声が、待合室に響き渡る。


「やーっとF級か! 長かったぜ……!」


椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったのは、金髪の少年――ダンだった。拳を突き上げ、満面の笑みを浮かべている。


「もう街の掃除とか、子守とか、ゴミ拾いとか! そんな依頼とはおさらばだな! なあヒューイ!」


「ちょ、ちょっと……」


僕は苦笑しながら制止を試みるが、勢いづいたダンは止まらない。


「次はモンスター狩りだ! F級なら、ようやく“探索者”って名乗れる!」


「ダン、落ち着きなさいよ」


隣から呆れた声が飛んできた。赤髪の少女――ロザリオだ。


「このあと装備を見に行く約束、忘れたの?」


「は? 武器ならともかく、アクセサリーなんて――」


「なに言ってんの! 探索者にとって装備は命よ! 見た目だって士気に関わるんだから!」


「士気でモンスターが死ぬかよ!」


瞬時に始まる口論。いつもの光景だ。


二人の間に挟まれたまま、僕は小さく息を吐いた。


――半年。


ギルドに登録してから、ここまで来るのに要した時間だ。


本来なら、G級からF級への昇格は二ヶ月程度が平均らしい。だが僕たちは、その三倍近い時間を要した。


理由は明白だ。


(……問題児が二人もいれば、そうなるよね)


ダンは猪突猛進、ロザリオは激情型。どちらも才能はあるが、協調性に難がある。そのたびに僕が頭を下げ、後始末をしてきた。


それでも――


「ね、ヒューイ?」


ロザリオが不意に振り向き、こちらを覗き込む。


「昇格、嬉しくないの?」


「……嬉しいよ」


素直に答えると、二人は同時に笑った。


この瞬間だけは、すべてが報われた気がした。



こほん。


「……お話、続けてもよろしいですか?」


受付嬢の控えめな声で、僕たちは我に返った。


「はい、お願いします」


背筋を伸ばして答えると、彼女は一つ頷き、言葉を続ける。


「単刀直入に申し上げます。皆様には、先輩探索者による指導を受けていただきます」


「指導……ですか?」


「はい。F級に上がりたての探索者は、死亡率が非常に高いんです。ですので――」


——その先を聞く前に、ダンが目を輝かせた。


「つまり、強い人がついてくれるってことか?」


「ええ。直接お会いしていただいた方が早いですね。少々お待ちください」


受付嬢はそう言って席を立ち、奥の会議室へと消えていった。


数分後。


戻ってきた彼女の後ろに、一人の男性が立っていた。


その瞬間、空気が変わった。


静かで、穏やかで――それでいて、張り詰めた圧。


「こんにちは。ハインです」


柔らかな声。人当たりの良さそうな笑み。


年の頃は二十代半ば。整った顔立ちに、清潔感のある身なり。一見すれば、どこにでもいそうな好青年だ。


だが。


(……強い)


理由は分からない。魔力の量でも、威圧感でもない。


ただ、経験だ。


――数多の生死を見てきた人間だけが持つ、静かな重み。


「ハインさんは、ソロでB級まで昇格された探索者です」


受付嬢の言葉に、ロザリオが息を呑んだ。


「B級……?」


探索者全体の中でも、上位五%にも満たない存在。


ダンですら、言葉を失っている。


「はは、大したことはありませんよ」


ハインは苦笑し、肩をすくめた。


「ただ、有望な後輩が命を落とすのを見るのは、どうにも寝覚めが悪くて」


その言葉に、なぜか胸がざわついた。


(……“命を落とすのを見る”?)


避けたい、ではない。

防ぎたい、でもない。


ただ、見るのが嫌だと言った。


「分かりました」


僕は立ち上がり、一礼する。


「ありがたく、ご指導を受けさせていただきます」


——形式ばった言い方になってしまったことに、少し遅れて気づいた。


「こちらがダン、ロザリオ」


二人も慌てて頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


「……それと、遅れましたが、僕はヒューイです」

——その名を口にするたび、ほんの一瞬だけ、胸の奥がざらつく。


ハインは一瞬、驚いたように目を瞬かせた。


「……丁寧だね」


「え?」


「探索者にしては、だけど」


悪意のない笑み。


「まるで、貴族のお偉いさんと話している気分だよ」


その言葉に、胸の奥がわずかに冷えた。


(……見られてる)


評価でも、観察でもない。


もっと別の――値踏み。


「それじゃ」


ハインは軽く手を叩く。


「明後日の朝八時。ギルド前集合でいいかな?」


「はい!」


「よろしくお願いします!」


二人の元気な返事を聞きながら、僕は差し出された黒い手袋に包まれた右手を握り返した。


温かい手だった。


だが、その温度が、なぜか信用できなかった。



ギルドを出ると、夕暮れの光が街を染めていた。


「いやー、B級だぜB級!」


ダンは相変わらず浮かれている。


「これで一気に成り上がれるな!」


「気が早いっての」


ロザリオが笑いながらも、ちらりと僕を見る。


「ヒューイはどう思う?」


「……強い人だと思う」


嘘ではない。


「でも」


言葉を選びながら、続ける。


「“守ってくれる”人じゃない気がする」


二人はきょとんとした顔をした。


「何それ?」


「よく分かんないけど……」


自分でも説明できない違和感。


ただ一つ、確かなのは――


(あの人は、“選ぶ側”だ)


誰が生き残り、誰が死ぬか。


それを自然なこととして受け入れている。


「ま、考えすぎだろ」


ダンが肩を叩いてくる。


「B級がついてくれるんだぜ? これ以上何を心配するんだよ」


その言葉に、僕は何も返せなかった。


夕焼けに染まるオルンティアの街は、どこまでも平和だった。


――この日常が、壊れる予感など、誰一人として抱いていなかった。


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