第97話:天の第4射、概念の飢餓と枯れる命
虚無の食卓
4日目の朝、アヴァロンを包んだのは、静かな、しかし確実な死の予感でした。 昨日までの重力は元に戻っていましたが、人々は立ち上がることができませんでした。 空腹。それも、どれだけ食べても、何を胃に入れても満たされることのない、魂の渇き。
神はこの世界の理から、栄養という概念を剥奪したのです。 第六将の不滅が生み出した黄金の果実を口にしても、それは砂のような無機質な味しかしませんでした。 食べ物は胃を通り抜けるだけのただの物質に成り下がり、生命を繋ぐエネルギーとしての機能を失っていました。
潰える三つ巴の祈り
アレックスが神都の全エネルギーを解放し、人々に魔力を直接供給しようと試みました。 アルマは慈悲の光を降り注ぎ、人々の細胞を活性化させて飢えを誤魔化そうと祈り続けました。 しかし、神の定めた結末を書き換えるには、彼らの力はあまりに限定的でした。
無理だ……! 器が、世界そのものが受け付けない! アレックスが膝を突き、絶叫しました。 救済の器であるアルマの光も、人々の喉を潤すことはできず、ただ無慈悲に彼らの死を照らすだけの灯火となっていました。
独り、絶望に抗う王
仲間たちが絶望に沈む中、蓮だけは諦めていませんでした。 彼は泥だらけの右腕を震わせ、今にも息絶えようとする子供たちの前で立ち尽くしていました。
一秒でも長く、一分でも長く。生きたいと願うなら、僕はそれに応える。
蓮は右腕の虚無を自分自身の心臓に突き刺しました。 自らの命、魂、そしてこれまでに奪ってきた大罪たちの力を強引に変換し、物理的な食糧ではなく、生存そのものの定義を空間に刻み込み始めました。
良く、なれ。 対象は、アヴァロンに残された、数少ない生存者たちの存在そのもの。 蓮は、彼らが食事を必要とせず、彼の虚無の魔力だけで活動できる不自然な生命体へと、力技で書き換えようと試みたのです。
四散する漆黒の魔力が、餓死寸前の民たちの体を包み込みます。 それはあまりに強引で、蓮の精神を削り取る行為でした。 右腕からは黒い血が噴き出し、彼の視界は真っ赤に染まっていました。
一寸先は闇、一歩踏み出せば死。それでも構わない。
蓮は、自分一人の力で、数万人の餓死を食い止めようと、理の濁流に身を投じていました。 他の器たちが匙を投げた地獄の中で、彼はたった一人、神の顔を睨みつけながら立ち続けていたのです。
しかし、その献身的な抵抗も、神の次なる一手によって無惨に踏みにじられます。 4日目が終わる頃、蓮が魔力を分け与えた人々でさえ、生きるために必要な記憶そのものが希薄になり始めていました。
犠牲者は、全人口の八割。 かつて蓮を慕った側近たちの中からも、静かに横たわり、動かなくなる者が出始めました。




