第93話:神を穿つ虚無と、救済の微笑
天地の崩壊
黄金の神都アレキサンドリアと、漆黒の虚無の巨神。 二つの巨大な存在が拳を交えた瞬間、衝撃波によって半径数百キロメートルの大気が消し飛んだ。 空は紫色に変色してひび割れ、大地は重力に耐えかねて深淵へと沈み込んでいく。
見ていろ、蓮! これが真の神の力だ!
アレックスが叫ぶと、神都の肩に据えられた数万のビル型砲塔が一斉に火を噴いた。 第五将から奪った真理の業火と、第一将から奪った勝利の確定。 回避不能かつ防御不能の熱線が、蓮の影の巨人を焼き尽くそうと降り注ぐ。
歯車の逆流
だが、蓮は冷徹に、その巨体の中心で右腕を振るった。
勝負は数じゃない。理屈だ。
蓮はアヴァロン・ギアの心臓部、ドルミンから抽出した怠惰の権能を全開放した。
良く、なれ。
対象は、神都を駆動させている無限の歯車と回路。 定義するのは、強制的な過負荷による機能停止。
バチバチバチッ!! 神都アレキサンドリアの全身で激しい放電が起き、アレックスの動きが目に見えて鈍くなる。 一撃ごとに勝利を確定させていた歯車が、怠惰の停滞によって噛み合わなくなり、因果の鎖が解けていく。
なっ、何をした!? 僕の身体が動かない……!?
怠惰を舐めるなよ。あいつは寝ている間、ずっと重力とエネルギーを溜め込んでいたんだ。
各個撃破の捕食
動けなくなった黄金の巨神に対し、蓮の影の巨人がその巨大な顎を開いた。 暴食の権能。
まずは、その自慢の翼から頂こう。
漆黒の影がアレックスの12枚の黄金翼に食らいつく。 ただの破壊ではない。アレックスが奪い、統合していた各将軍たちの器の因子を、蓮が外側から直接引き剥がし、喰らっていくのだ。
やめろ! 返せ! それは僕のものだ! 残念だったな。お前のものは僕のもの、僕のものは僕のものだ。
蓮が腕を振るうたびに、神都の装甲が剥がれ落ち、そこから第六将の不滅の生命力や、第四将の献身の構造維持力が失われていく。 巨大だった神の身体が、急速にその輝きを失い、ただの鉄屑の塊へと戻り始めていた。
救済の介入
とどめだ、アレックス。
蓮が漆黒の右腕を限界まで巨大化させ、神都の核であるアレックスの元へと突き出した。 虚無の力で、アレックスの存在そのものを消去しようとしたその瞬間。
カラン、と。 戦場に不釣り合いな、鈴の鳴るような音が響いた。
そこまでだよ、二人とも。
先ほどの灰色のローブの影が、巨大な二人の拳の衝突地点に、羽毛のように舞い降りた。 影がそっと手をかざすと、蓮の虚無とアレックスの全能が、まるで幼子の喧嘩を止める母親のように、穏やかに霧散した。
救済の器……!
アレックスが忌々しげに叫ぶ。 影はゆっくりとフードを脱いだ。
そこに現れたのは、蓮がよく知る人物に酷似した、しかし決定的に何かが違う、神秘的な美貌を持つ少女だった。
聖女の正体
フィーネ……!? いや、違う。
蓮が驚愕に目を見開く。 そこにいたのは、アヴァロンの聖女フィーネと瓜二つの顔を持ちながら、瞳に宇宙のような深い星々を宿した少女。 彼女こそが、11の座の最後の一席。
救済の器、アルマ。
初めまして、虚無の王様。そして、哀れな簒奪者。 少女は悲しげに微笑み、二人の神を見上げた。
この戦いは、神が決めたシナリオ通り。でも、私の役割は、この壊れた世界を書き換えること。
彼女が祈るように手を合わせると、崩壊していた帝都の空間が、巻き戻されるように修復されていく。 だが、それは平和への回帰ではなかった。
二人とも、お疲れ様。器を育てるフェーズは終わったよ。 アルマが指を鳴らすと、アレックスの背後に、巨大な天の門が出現した。
ここからは、真の『神格』を決定するための最終試練。……準備はいいかな?
予期せぬ共闘
天の門から、これまでとは比較にならないほどの神々しい、しかし冷酷なプレッシャーを放つ天使の軍勢が降りてくる。 それはゼノン帝国が模倣した神ではなく、世界そのものが「不要になった人類」を掃除するために送り込んだ、本物の神罰の軍。
嘘だろ……。 アレックスが顔を青くする。
神崎蓮。 アルマが、蓮を真っ直ぐに見つめた。
貴方の虚無は、世界を消すためのもの。でも、私の救済は、世界を塗り替えるためのもの。 彼女は蓮の右腕にそっと触れた。
一度だけ、力を貸してあげる。……この偽りの天を、一緒に撃ち落とそう?




