第90話:確定した勝利と、理外のちゃぶ台返し
神の戦車、ジャガーノート
帝都の最深部、皇帝の居城へと続く大広場。 そこでアヴァロン軍を待ち受けていたのは、絶望的なまでの「質量」だった。
「……デカすぎるだろ、あれ」
カイルが震える声で空を見上げる。 そこに鎮座していたのは、戦車ではない。移動する山脈とも呼ぶべき超巨大要塞兵器だった。 無数の砲門、回転する巨大な破砕ローラー、そして神々しい黄金の装甲。
ゼノン帝国最終兵器『神の戦車』。
その頂上に、一人の男が腕を組んで立っていた。 第一将『牙』。神の座**『勝利』の器**。
「遊びは終わりだ。ここから先は、『敗北』という名の通行料を払ってもらおう」
第一将が指を鳴らす。 瞬間、ジャガーノートの主砲が一斉に火を噴いた。 それは砲弾の雨ではない。空間そのものを削り取る「消滅波動」の嵐だった。
概念兵器『絶対勝利』
「防御! 防御ぉぉッ!」
フィーネが全魔力を込めて結界を展開する。 だが、波動が触れた瞬間、結界は何の抵抗もなくすり抜け、後方の装甲車部隊を蒸発させた。
「なっ……!? 結界が素通りした!?」
「無駄だ」
第一将の声が響く。
「我は『勝利』の器。戦う前に結果は決まっている。我が攻撃は必ず当たり、貴様らの攻撃は必ず外れる。それが『勝利』という概念だ」
因果の逆転。 彼が攻撃したから当たるのではない。「当たって勝つ」という結界が先に確定しており、現実はそれに合わせて辻褄を合わせているだけだ。
「さあ、絶望しろ。これは戦争ではない。決まりきった儀式(処刑)だ」
ジャガーノートが前進を開始する。 アヴァロン軍の反撃も、全て「不運な事故」や「故障」によって無効化される。 理不尽極まりないチート能力に、アヴァロン軍の士気が崩壊しかけた。
アヴァロン・ギア、起動
「……くだらない」
戦場に響く、冷え切った声。 蓮だ。彼は瓦礫の上に立ち、巨大なジャガーノートを見上げていた。
「勝つことが決まっている? 随分と退屈なゲームだな」
蓮は、パラガスの形見である『大帳簿』を空に放り投げた。
「なら、ルールごと変えてやる。カイル! 『あれ』を出せ!」
「は、はいっ! 総員退避! 蓮様の『おもちゃ』が降ってきます!!」
アヴァロン軍が慌てて左右に割れる。 直後、空が裂けた。
ズゴォォォォォン!!
雲を突き破り、漆黒の巨大な鉄塊が落下してきた。 それは、蓮が倒してきた『大罪』たちの力を全て組み込んだ、悪夢の結晶。
右腕には**『暴食』の捕食アーム。 心臓部には『怠惰』の無限動力炉。 装甲は『強欲』の黄金コーティング。 脚部は『憤怒』**の跳躍機構。
対・国家級殲滅兵器――機動要塞『アヴァロン・ギア』。
「合体」
蓮が宙に舞い、ギアの頭部コックピットへと融合する。 漆黒の巨人の目が、赤く輝いた。
蹂躙返し
「鉄屑の人形風情が! 我が勝利の前にひれ伏せ!」
第一将がジャガーノートを突進させる。 絶対勝利の概念により、この衝突でアヴァロン・ギアは粉砕されるはずだった。
だが。
ガギィィィィィィン!!
ジャガーノートの突進を、アヴァロン・ギアの左手が真正面から受け止めた。
「な……に……? なぜ壊れない!? 我が勝利は確定しているはず!」
「お前の『勝利』は、既存の物理法則の上で成り立っているルールだろ?」
蓮の声が、ギアのスピーカーから轟く。
「残念だったな。こいつは『虚無』だ。お前のルールブックなんて、ハナから読んでない」
蓮が操るアヴァロン・ギアの右腕――『暴食アーム』が唸りを上げる。
「まずは、その自慢の装甲を頂くぞ」
バクンッ!!
巨大なアームが、ジャガーノートの黄金装甲を噛み千切った。 本来あり得ない、概念装甲の捕食。
「馬鹿なッ!? 貴様、神の戦車を食べているのか!?」
「硬いな。だが、味は悪くない」
バリバリバリバリッ!!
アヴァロン・ギアは、ジャガーノートの砲塔をもぎ取り、ローラーをへし折り、まるで子供が玩具を分解するように、帝国最強兵器を解体し始めた。
勝利の剥奪
「おのれぇぇぇッ! ならば本体で!」
第一将がジャガーノートを捨て、自ら飛び出した。 彼の拳には『勝利』の概念が凝縮されている。触れれば即死、回避不能の因果律兵器。
「死ね! 虚無!」
だが、蓮は動じない。 アヴァロン・ギアのハッチを開け、生身で飛び出した。
「お前は『勝つこと』にこだわりすぎた」
蓮の右腕と、第一将の拳が激突する。 拮抗したかに見えたその瞬間、第一将の顔が恐怖に歪んだ。
「力が……抜ける……!? なぜだ、我は勝利のはず……!」
「良く、なれ」
蓮が至近距離で定義を書き換えた。 対象は、第一将が持つ『勝利』の概念そのもの。
「お前の設定を『勝利』から『敗北者』に変更した」
「なっ……!?」
パリーンッ!!
第一将の拳が砕けた。 続いて腕が、肩が、全身が、連鎖的に崩壊を始める。 概念を書き換えられた彼は、今や「負けるために存在する生物」へと成り下がっていた。
「ありえん……! 我が、負けるなど……理屈が通らん!」
「理屈? 知るかよ。僕が勝つ。それが唯一のルールだ」
蓮の漆黒の拳が、第一将の顔面を捉えた。
ドォォォォォン!!
第一将は、遥か後方の城壁まで吹き飛ばされ、人の形を留めない肉塊となって張り付いた。
喝采と絶望
「うおおおおおおっ!!」
「最強! アヴァロン最強!!」
兵士たちが武器を掲げて歓声を上げる。 帝国の『神』を、蓮は真正面から力技でねじ伏せたのだ。
しかし、その熱狂の最中。 蓮だけは警戒を解いていなかった。
(……おかしい。手応えが軽すぎる。今の奴は、本当に『勝利』の器だったのか?)
その時、破壊されたジャガーノートの残骸の上で、ゆっくりと拍手をする音が響いた。
「ブラボー。素晴らしいショーだったよ、蓮」
そこに立っていたのは、金髪の青年。 勇者アレックス――神の座**『傲慢』の器**。
そして、彼の手には、今しがた倒したはずの第一将から抜け出た『勝利』の光の玉が握られていた。
「さて、漁夫の利タイムだ。君が削ってくれたおかげで、随分と収穫が捗ったよ」
アレックスが、その光の玉を飲み込んだ。
ドクンッ!!
アレックスの背中から、神々しくも禍々しい、12枚の黄金の翼が出現する。 彼は戦わずして、倒された将軍たちの力を回収し、最強の怪物へと進化していたのだ。
「さあ、ラストダンスといこうか。ゴミ屑くん」




