第88話:鋼鉄の迷宮と、狂信の礎
駆動する悪夢
帝都の門をくぐり抜けたアヴァロン軍を待っていたのは、静寂に包まれた巨大な市街区だった。 しかし、住民の姿はない。あるのは無機質な金属のビル群と、張り巡らされたパイプラインだけだ。
不気味ですね。人の気配が全くありません。
ユリアが剣の柄に手をかける。 蓮は、足元から伝わる微細な振動を感じ取っていた。
気をつけろ。この都市は生きている。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、轟音が鳴り響いた。
ギギギギギ……ガシャァァァン!!
地面が、まるでルービックキューブのように回転を始めたのだ。 前後左右の道が分断され、巨大な壁がせり上がり、アヴァロン軍の隊列を強制的に引き裂いていく。
うわぁぁぁ!? 蓮様! ユリア! リサ!
瞬く間に、蓮、カイル、ユリアたちは別々の区画へと隔離されてしまった。
第四将『献身』
ようこそ、私の胎内へ。
どこからともなく、慈愛に満ちた、しかし冷たい女性の声が響き渡る。 それはスピーカーからの音声ではなく、壁や地面そのものが振動して発せられているようだった。
私はゼノン帝国第四将『礎』。そして神の座『献身』の器。
蓮が隔離されたのは、四方を高い鉄壁に囲まれた広場だった。 彼は周囲を見回し、鼻で笑った。
姿を見せずに挨拶か? 礼儀のなっていないホストだな。
姿なら、貴方の周り全てがそうです。私は皇帝陛下への愛のあまり、自らの肉体を捨て、この帝都の地下基盤と融合しました。
第四将の声が、恍惚とした響きを帯びる。
この都市の大地も、建物も、空気さえも私の身体。貴方たちは今、私の愛という胃袋の中にいるのです。
献身、ね。随分と重い愛だ。
慈愛のプレス
愛とは、守り、包み込むこと。だから貴方たちも、永遠にこのコンクリートの中で眠らせてあげましょう。
ズズズズズ……ッ!!
左右の壁が、凄まじい勢いで迫ってきた。 巨大なプレス機となった都市の区画が、蓮をすり潰そうとする。
壁には無数の鋭利なスパイクが生え、逃げ場はない。
蓮様! 私の方は床が抜けて……! 俺のところは天井が落ちてくる!
通信機からは、分断された仲間たちの悲鳴が聞こえる。 第四将は、アヴァロン軍全員を同時に処刑しようとしていた。
融合者の弱点
同時に全員殺す気か。効率的だが、それが命取りだ。
蓮は、迫り来る壁に背を向け、足元の地面に漆黒の義手を突き刺した。
お前は都市と一体化したと言ったな? ということは、この都市のどこを壊しても、お前は痛いということだ。
蓮の右腕から、ドス黒い魔力が地面へと注入される。
良く、なれ。
対象は、第四将『献身』と融合した帝都の地下構造。 定義するのは『神経過敏』。
貴様……何を……!?
本来、機械やコンクリートに痛覚はない。 だが蓮は、彼女が「自分は都市そのものだ」と認識していることを逆手に取り、都市のダメージを「激痛」としてフィードバックさせる設定を書き加えた。
悲鳴を上げる都市
ガリガリガリッ!!
蓮が義手で、ただ地面を少しひっかいた。 それだけで、帝都全体が震え上がった。
ぎゃあああああああっ!?
スピーカーからではなく、都市全体から絶叫が上がった。 ビルが共振し、ガラスが割れ、迫ってきていた壁が痙攣したように停止する。
痛い! 痛い痛い痛い! 足の裏が裂けるような痛みが!
たかだかアスファルトを削っただけで大袈裟だな。
蓮は冷酷に笑い、今度は地面に拳を叩きつけた。
ドォォォォン!!
ぎぃやぁぁぁぁぁぁッ!!
衝撃は物理的な破壊以上に、精神的な激痛となって第四将を襲った。 彼女が都市と一体化していればいるほど、その苦しみは逃れられない地獄となる。
ユリア! リサ! 今だ、壁を壊せ! そいつらは今、痛がって脆くなっている!
蓮の指示が飛ぶ。
はっ! うらぁぁッ!
別区画にいたユリアたちが、停止した壁を一斉に攻撃した。 本来なら傷一つつかない特殊合金の壁が、持ち主の精神的動揺によって強度が低下し、豆腐のように斬り裂かれる。
礎の崩壊
やめて……壊さないで……私は皇帝陛下の……礎に……!
泣き叫ぶ声と共に、迷宮の構造が崩壊していく。 せり上がっていた壁が崩れ落ち、分断されていた視界が開けた。
合流地点の中央。地面が盛り上がり、巨大な顔のような形状をした中枢ユニットが露出した。 そこには、コードに繋がれた女性の上半身が埋め込まれていた。
見つけたぞ、引きこもり。
蓮が、露出した本体の前に立つ。
献身というなら、最後まで耐えてみせろ。
蓮が義手を振りかぶる。
虚空の断罪。
ズドンッ!!
蓮の一撃が、第四将の本体を粉砕した。 断末魔と共に、帝都を動かしていた制御システムがダウンし、動く迷宮はただの静止した廃墟へと戻った。
第四将『献身』、沈黙。 大地を操る脅威は去った。
だが、休む間もなく、帝都の最奥から新たな影が動き出す。 植物に覆われた不死身の怪物、第六将『不滅』。 そして、未だ姿を見せない第一将『勝利』。




