第87話:逆巻く業火と、帝都の門
盾の処刑台
蓮の背後に浮遊する無数の巨大な盾。それは本来、皇帝を守るための絶対防御の壁だった。 だが今、それは蓮の意思一つで動く、巨大な質量兵器へと変わっていた。
返してやるよ。お前たちの忠誠心の重みを。
蓮が指を弾いた。 その瞬間、浮遊していた数百枚のタワーシールドが、持ち主である近衛兵団に向かって殺到した。
なっ、馬鹿な!? 盾が制御できない! ぐわぁぁぁッ!!
重装甲の騎士たちが、自分たちの盾に挟まれ、押し潰されていく。 鉄と鉄がぶつかり合う凄まじい音が響き、最強と謳われた近衛兵団王の盾は、文字通り鉄屑の塊へと圧縮された。
防御を攻撃に転用するとはな。 カイルが呆然と呟く。 彼らが誇る絶対防御は、蓮の概念書き換えによって、逃げ場のない鉄の処刑台となっていた。
真理の凍結
おのれぇぇッ! よくも陛下の兵を!
第五将炉が激昂し、背中の焼却炉を臨界点まで暴走させた。 彼の全身が白熱し、周囲の地面が溶岩のようにドロドロに溶け始める。
我は真理の器! この世の全てを焼き尽くす熱量そのものだ! 貴様も、その盾も、分子レベルで分解してやる!
第五将が両手を突き出すと、太陽の表面温度にも匹敵する白い熱線が放たれた。 それは防御不可能な、純粋なエネルギーの暴力。
だが、蓮は動かなかった。
熱いな。少し冷やしてやる。
蓮は漆黒の右腕を、迫りくる熱線にかざした。
良く、なれ。
蓮が定義したのは、熱の奪取ではない。 第五将の周囲におけるエントロピーの逆転、すなわち熱運動の完全停止だった。
キィィィィン……!
耳鳴りのような音が響いた直後、世界から赤色が消えた。 第五将が放った極大の熱線が、蓮の手前で瞬時に凍りつき、光の彫刻となって砕け散った。
な、に……? 火が、凍っただと……?
砕ける炉
馬鹿な! ありえん! 我は数万度の熱を持っているのだぞ!?
第五将が後ずさる。だが、彼の体からも急激に熱が失われていた。 背中の焼却炉が、冷気によって白く霜を帯び、ピキピキと音を立てて亀裂が入っていく。
急激な温度変化には弱いみたいだな。
蓮がゆっくりと歩み寄る。 第五将の体は、超高温から絶対零度への急激な変化によって、熱衝撃を起こしていた。装甲強度が限界まで低下し、ガラスのように脆くなっている。
貴様……何をした……! これは魔法ではない!
ただの物理現象だ。お前の真理とやらも、虚無の前では焚き火以下の価値しかない。
蓮が、凍りついた第五将の胸を、デコピンのように軽く指で弾いた。
パァァァンッ!!
第五将の巨体が、粉々に砕け散った。 肉片も残らない。微細な氷の塵となって、風にさらわれて消滅した。 帝国が誇る第五将、そして神の座真理の器候補は、皮肉にも自らの熱を奪われて敗北した。
鉄の都
邪魔者は消えた。行くぞ。
蓮の号令と共に、アヴァロン軍が再進撃を開始する。 焦土と化した戦場を抜け、煙が晴れたその先に、ついに敵の本拠地が姿を現した。
あれが……機甲帝国ゼノン。
ユリアが息を呑む。 地平線を埋め尽くす巨大な工場群。空を覆う黒い排煙。 そして中央にそびえ立つのは、城というよりは巨大な機械仕掛けの塔だった。 無数の歯車とパイプが絡み合い、都市全体が一つ生き物のように駆動音を上げている。
歓迎されているようですね。
カイルが指差す先、帝都の巨大な正門が、重々しい音を立ててひとりでに開き始めた。 罠か、それとも余裕の表れか。
皇帝からの招待状
門の奥から、増幅された声が響き渡る。
よくぞ参った、虚無の器よ。そしてアヴァロンの有象無象ども。
その声には、圧倒的な威圧感と、底知れぬ知性が宿っていた。 ゼノン皇帝の声だ。
我が第五将と第八将を退けたこと、褒めて遣わす。だが、これはまだ選定の儀式の前座に過ぎない。
帝都の内部、広大な広場に、残る将軍たち八神将の生き残りと、未知の巨大兵器が整列しているのが見える。
中へ入れ。真の神を決める闘争は、この帝都という闘技場で行われるべきだ。私が直々に、貴様らの絶望を『裁定』してやろう。
蓮は、開かれた門を見据え、不敵に笑った。
いい度胸だ。その玉座、僕が座るまで温めておけ。
全軍、突入! 蓮の叫びと共に、アヴァロン軍は開かれた顎のような帝都の門へと雪崩れ込んだ。




