第86話:紅蓮の焦土と、王を守る鉄の盾
灰の降る街道
国境要塞『鉄壁』を突破したアヴァロン軍は、帝都へと続く街道を進軍していた。 だが、進むにつれて周囲の景色が一変した。
緑豊かだったはずの平原は炭化し、空からは絶え間なく白い灰が降り注いでいる。 気温は急激に上昇し、装甲車の表面が触れられないほど熱を帯び始めていた。
「暑い……。冷却魔法が追いつきません」
フィーネが額の汗を拭う。彼女が展開している断熱結界すらも、外気の異常な熱量によってジリジリと削られていた。
「ただの熱気じゃないな。大気中のマナそのものが燃焼している」
蓮は、窓の外で揺らめく陽炎を見つめた。 帝国の『門番』は倒した。だが、その先に待っていたのは、生命の存在を許さない灼熱の地獄だった。
第五将『焼却』
「よく来たな、東の蛮族ども」
灰の霧の向こうから、重厚な声が響いた。 現れたのは、全身から赤熱した蒸気を噴き出す巨漢の将軍。 背中には巨大な焼却炉のようなユニットを背負い、そこからパイプが全身へと繋がっている。
ゼノン帝国第五将『炉』。 そして彼こそが、神の座の一つ『真理』の器。
「我は嘘を許さない。この世の不純物、偽り、そして貴様らのようなバグを全て焼き尽くし、真っ白な灰という『真理』に変える者だ」
第五将が腕を振るうと、何もない空間が発火した。 火球などという生易しいものではない。視界に映る空間そのものが、数千度の高熱室へと変貌する。
「燃え尽きろ」
燃やされる概念
「結界全開! 防げ!」
アヴァロン軍の前衛部隊が魔法障壁を展開する。 だが、第五将の炎が触れた瞬間、障壁はガラスのように砕け散ることもなく、ロウのように溶けて消失した。
「うわぁぁぁッ!?」
兵士たちの鎧が瞬時に溶解し、皮膚が焼け爛れる。
「私の結界が……効かない!?」
フィーネが悲鳴を上げる。
「物理的な炎ではありません! 彼は『防御』という概念そのものを燃料にして燃やしています!」
第五将の『真理』の炎は、対象が強力な魔法であればあるほど、よく燃える燃料として認識し、火力を増大させる性質を持っていた。
鉄壁の近衛兵団
さらに、第五将の背後から、銀色の重装甲に身を包んだ騎士団が現れた。 彼らは一糸乱れぬ動きで巨大なタワーシールドを構え、壁を作った。
帝国最強の近衛兵団『王の盾』。
「総員、散開射撃!」
カイルの指示で、アヴァロン軍が『暴食』の技術を応用した魔導砲を撃ち込む。 しかし、着弾した砲弾は、盾の表面で奇妙な光に包まれて消滅した。
「無駄だ。彼らの盾は陛下より賜った『王権』の欠片。貴様らの攻撃権限そのものを却下する」
第五将が嘲笑う。 攻めれば盾に無効化され、守れば炎に燃やされる。 完璧な布陣が、アヴァロン軍の足を止めた。
虚無の冷却
「……熱苦しい奴らだ」
絶体絶命の戦場に、冷ややかな声が響いた。 蓮が、装甲車から降り立った。
その右腕からは、周囲の熱を一瞬で凍てつかせるほどの、漆黒の冷気が漂っている。
「『真理』だって? 灰になるのが真理なら、その前に熱力学の勉強をしてこい」
蓮が歩き出すと、襲いかかってきた熱波が、彼の周囲でだけ掻き消えた。 いや、喰われたのだ。
「僕の右腕は腹ペコでね。お前のその熱量、最高のデザートだ」
蓮は第五将を指差した。
「お前は『防御』を燃やすと言ったな。なら、燃やすものが何もない『虚無』相手に、どうやって火をつける?」
蓮が地面を蹴った。 第五将の放つ極大の火炎放射の中を、蓮は無傷で突っ切る。 炎は蓮に触れる端から、『虚無』に飲み込まれて消滅していく。
「馬鹿な……!? 我が聖なる炎が!」
「火遊びは終わりだ」
蓮が第五将の目前に迫る。 それを阻むように、『王の盾』の近衛兵たちが割り込んだ。
「陛下に仇なす逆賊よ! この盾は砕けぬ!」
「砕く必要はない」
蓮は右腕を振るった。
「良く、なれ」
対象は、彼らが持つ『王権の盾』。 定義するのは『所有権の移転』。
「その盾、僕が貰う」
次の瞬間、近衛兵たちの手から盾が消失し、蓮の背後に浮遊して展開された。
「なっ……!?」
「いい盾だ。流石は帝国の税金で作っただけはある」
蓮は、奪った盾を逆に近衛兵と第五将に向けて構えた。
「さあ、自分の盾に押し潰されて、自分の炎で焼かれる気分はどうだ?」
形勢逆転。 『虚無』の王が、帝国の自慢する矛と盾を、その手の中に収めた。




