第85話:見えざる裁定者と、笑う黄金の影
鉄の国境
アヴァロン軍の進撃は、疾風の如くであった。 『強欲』の資金で舗装された道を、『怠惰機関』を搭載した装甲車両が駆ける。
数日後、彼らはゼノン帝国の国境要塞『鉄壁』に到達した。
「あれが帝国の入り口か」
蓮は装甲車のハッチを開け、双眼鏡を覗いた。 高さ百メートルを超える鋼鉄の防壁。その上には無数の砲台が並んでいるが、奇妙なほど静まり返っている。
「妙ですね。こちらの接近には気づいているはずですが、砲撃がありません」
ユリアが警戒する。
「ああ。歓迎する気はないが、騒ぐ気もないらしい」
その時、先頭を走っていた偵察車両が、何の前触れもなく爆発した。
ドォォォォン!!
「なっ!? 地雷か!?」
「いいえ! 上空からの攻撃です!」
カイルが叫ぶ。だが、砲弾の飛来音も、魔法の光も観測されなかった。ただ「結果」として車両が破壊されたのだ。
第八将『裁定』
「……罪深き者よ。我が照準に写る価値なし」
要塞の遥か後方、見えない塔の上に、一人の男が座っていた。 全身を光学迷彩マントで包み、右目には巨大なカメラのような義眼が埋め込まれている。
ゼノン帝国第八将『眼』。 そして彼こそが、神の座の一つ**『裁定』の器**。
彼が構えているのは、銃ではない。巨大な天秤のような形状をした、長距離因果干渉デバイスだ。
「距離5000。対象、アヴァロン軍先鋒。罪状『国境侵犯』。……判決、死刑」
彼が天秤を傾けると、物理的な距離や弾道を無視して、対象の心臓に直接「弾丸が命中した事実」が確定する。
ドシュッ!
アヴァロン兵の一人が、何もない空間から心臓を撃ち抜かれて倒れる。
「見えない狙撃手か。厄介だな」
蓮は、次々と倒れていく味方を見て、冷たく言い放った。
「リサ、匂いで探れ。ユリア、盾になれ」
「分かりません! 匂いも殺気も、完全に消されています!」
「射線が読めません! どこから撃っているのですか!?」
潜む『傲慢』
一方、その戦場を遥か高空から見下ろす影があった。
雲の上に浮かぶ一隻の飛空艇。その甲板で、ワイングラスを片手に優雅に戦況を眺める青年。
金色の髪に、透き通るような碧眼。かつて蓮を追放した勇者パーティのリーダー、アレックスだ。
いや、その中身はすでに変質している。
「フフッ……やってるやってる。泥臭いゴミと、錆び臭い機械人形の殺し合いだ」
彼は、第七の大罪**『傲慢』の適合者**。
本来ならば、彼もまたこの「椅子取りゲーム」に参加し、蓮や帝国と覇を競うべき存在だ。だが、彼は動かない。
「アレックス様、宜しいのですか? 帝国の『器』たちが減れば、貴方様の取り分も……」
控えていた執事が尋ねるが、アレックスは鼻で笑った。
「馬鹿を言え。主役というのは、最後の一番おいしい場面で登場するものだ」
彼が指を鳴らすと、自身の気配が完全に世界から遮断された。
『完全隠蔽』などという生温いものではない。世界の認識から「傲慢」という概念そのものを一時的に抹消したのだ。
「蓮も、ゼノン皇帝も、精々削り合うがいい。双方が疲弊し、全てが終わったと思った瞬間に……僕が全てをかっ攫う」
傲慢なる勇者は、その存在を完全に消し、漁夫の利を得るためだけに沈黙を選んだ。
因果の天秤
戦場では、アヴァロン軍が一方的に削られていた。
「くそっ! 防御魔法が効かない!?」
フィーネの結界の内側にいる兵士が、頭を撃ち抜かれる。
「無駄だ。奴の能力は『裁定』。奴が『有罪』と決めた瞬間に、命中が確定する」
蓮は看破した。あれは射撃ではない。裁判官が木槌を叩くような、強制的な決定権の行使だ。
「なら、どうするのですか!?」
「判決を下される前に、裁判所ごとぶっ壊す」
蓮は、『虚空の右腕』を地面に突き刺した。
「カイル、座標特定は?」
「弾道の逆算不能! ですが、魔力の収束点らしき歪みが一点! 方角北北西、距離6000!」
「上等だ」
蓮は、地面から巨大な瓦礫――かつての城壁の一部を引き抜いた。
「判決言い渡しだ。お前の罪状は『僕の邪魔をしたこと』」
虚無の投擲
「……む? 何をする気だ?」
遠く離れた塔の上で、第八将『裁定』がスコープ越しに蓮を見た。
「石を投げる気か? 届くわけがない。距離6000だぞ」
第八将は嘲笑い、蓮に照準を合わせた。
「対象、神崎蓮。罪状『神への反逆』。判決、消め……」
彼がトリガーを引こうとした瞬間。
ズドォォォォォン!!
蓮が投げた瓦礫が、音速の数十倍で飛来した。
ただの投擲ではない。蓮は瓦礫に『距離の無視』と『必中』の概念を付与し、さらに『虚空』の力で空気抵抗をゼロにしていた。
「なっ……!?」
第八将が反応する間もなかった。
轟音と共に、彼がいた塔の上半分が消し飛んだ。
「ぐ、がぁぁぁッ!?」
第八将は瓦礫と共に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。自慢の天秤型デバイスが粉々に砕け散る。
「裁判閉廷だ」
蓮の声が、風に乗って届いた気がした。
狙撃手の無力化を確認したアヴァロン軍が、怒涛の勢いで要塞へと雪崩れ込む。
「総員、突撃! 帝都への道をこじ開けろ!」
戦場は、アヴァロンの優勢へと傾いた。




