第82話:捕食される平和と、折れた片翼
警報なき崩壊
アヴァロンの昼下がり。地下リサイクルプラントでは、グラが幸せそうに廃棄物を食べていた。
だが突然、グラが食事の手を止め、激しく震え出した。
「……嫌だ。来ないで。ボクを食べないで」
「どうした、グラ?」
視察に来ていたカイルが声をかける間もなく、アヴァロン全土を揺るがす衝撃が走った。
ドォォォォン!!
司令室のモニターが真っ赤に染まる。
「敵襲! 西側の防壁が……消失しました!」
「消失だと!? 破壊されたのではなくか?」
パラガスが叫ぶ。アヴァロンの守りは、蓮の概念強化と『怠惰機関』のシールド、そして『暴食』によるゴミ処理結界の三重構造だ。神話級の怪物でも突破は不可能なはずだった。
「はい! 防壁、空間、結界……全てが『食い破られて』います!」
人工の捕食者たち
西の防壁跡地。そこには、空間ごと穴を開けられた巨大なトンネルが出来ていた。
その穴から、八つの異様な影が、音もなく侵入してくる。
全身を機械化し、黒いチューブで繋がれた強化兵士たち。機甲帝国ゼノン最強の戦力、『八神将』。
先頭を行く第一将『牙』が、口元の装甲を開き、まだチリチリと燃えている防壁の残骸を咀嚼していた。
「不味いな。だが、防御力だけは高い。食いではある」
彼らの体内には、グラから盗まれた『暴食因子』が組み込まれている。彼らの攻撃は全て「捕食」属性を持ち、あらゆる防御魔法や物理装甲を無視して噛み砕く。
「作戦開始。目標、アヴァロンの中枢および『器』の確保。邪魔なゴミは掃除せよ」
八神将たちが散開した。その速度は、音速を遥かに超えていた。
蹂躙
「迎撃せよ! 街を守れ!」
アヴァロンの精鋭部隊が駆けつける。彼らは『強欲』の資金で強化された最高級の装備を持っていた。
「死ねぇ!」
兵士たちが魔導銃を一斉射撃する。
だが、第三将『胃』が前に出ると、彼腹部の装甲が開き、ブラックホールのように弾丸を全て吸い込んだ。
「ごちそうさん。お返しだ」
ドガガガガッ!!
吸い込んだ弾丸が、倍の威力と速度で吐き出される。
「ぐあぁぁぁっ!?」
アヴァロン兵たちが蜂の巣になり、肉片となって飛び散る。
「リサ! セラフィナ! 前線へ急げ!」
蓮は司令室を飛び出し、戦場へと疾走した。だが、敵の進行速度が異常に速い。彼らは建物を破壊するのではなく、壁を「食べて」最短距離で中枢を目指していた。
狙われた頭脳
「蓮様! 敵の別動隊が、司令室へ向かっています!」
通信機からフィーネの悲鳴が聞こえる。
「なんだと!? 司令室にはパラガスとカイルがいる!」
アヴァロンの司令室は、地下要塞の最深部にある。そこへ到達するには、迷宮のような通路を通る必要があるはずだ。
だが、『八神将』の第七将『酸』は、上層の地面を強酸の唾液で溶かし、真上から司令室へと落下するショートカットを行っていた。
司令室。
天井が溶け落ち、ドロリとした液体と共に、機械仕掛けの怪物が降り立った。
「ヒヒッ……ここが脳ミソか」
第七将が、カイルに狙いを定める。
「若くて美味そうな脳だ。帝国の生体コンピュータのパーツにしてやる」
「カイル君! 逃げなさい!」
パラガスが、カイルを突き飛ばした。
「じいちゃん!?」
パラガスは、懐からバルバロスの『大帳簿』を取り出し、魔力を暴走させた。
「ここを通すわけにはいかん! 蓮様が帰還するまで、私が食い止める!」
「ほう、老いぼれが。ただの肉の分際で」
第七将の腕が、鞭のようにしなった。
忠義の最期
蓮が司令室に辿り着いた時、そこは半壊していた。
「カイル! パラガス!」
瓦礫の山から、血まみれのカイルが這い出してくる。
「蓮……さま……」
「無事か! パラガスは!?」
カイルは震える指で、部屋の中央を指差した。
そこには、第七将の腕に胸を貫かれ、宙吊りにされているパラガスの姿があった。
「ぐ、ぅ……」
「パラガス!!」
蓮が叫び、第七将へ突っ込む。
「良く、なれ(破壊)!」
蓮の義手が、第七将の頭部を粉砕した。
ガシャァァン!!
第七将は頭を失い、パラガスを放り出して倒れた。
蓮は、崩れ落ちるパラガスを受け止めた。
その傷は致命的だった。心臓が半分以上、溶解させられている。
「パラガス……! 今、治す! フィーネを呼ぶ!」
「……蓮、様……」
パラガスの口から、大量の血が溢れる。彼は、震える手で蓮の頬に触れた。
「無駄……です……。私の魂まで……食われ、ました……」
『暴食』の力を持つ八神将の攻撃は、肉体だけでなく、存在の概念そのものを食い荒らす。回復魔法も、蓮の書き換え能力さえも、すでに「無いもの」は戻せない。
「申し訳、ありません……。アヴァロンの完成を……最後まで、お側で……」
「喋るな! お前がいなくなったら、誰がこの国の帳簿をつけるんだ! 誰が僕を叱るんだ!」
蓮の声が悲痛に響く。
パラガスは、最後に満足げに微笑んだ。
「貴方様は……最高の、王です……。どうか、栄光、あれ……」
ガクン、とパラガスの手が落ちた。
アヴァロン建国から蓮を支え続けた、最も忠実な家臣。その命の灯火が、唐突に消えた。
器の片鱗
「……あ、ああ……」
蓮は、動かなくなったパラガスを抱きしめたまま、凍りついたように動かなかった。
その背後で、頭を潰されたはずの第七将が、予備の脳を起動させて起き上がった。
「痛いなぁ。いきなり壊すなんて。……お前が『虚無の器』か?」
第七将が笑う。
「仲間一人死んだくらいで、そんな顔をするなよ。我々には8人分の器がある。お前もその一つになるんだ」
「……黙れ」
蓮の声が、地獄の底から響くように低く唸った。
周囲の空気が、ビリビリと震え始める。
「僕から奪ったな。僕の家族を。僕の日常を」
蓮が立ち上がる。その右腕から、漆黒の魔力が噴出する。それは今までのような制御された力ではない。世界そのものを塗り潰すような、ドス黒い闇。
『警告。感情値、限界突破。神格因子の覚醒を確認』
蓮の背後に、パラガスを弔うかのような、巨大な黒い翼の幻影が浮かび上がった。
「食い散らかしたのはお前らか。なら、骨も残さず消えろ」
蓮が振り返った。その瞳は、もはや人間の色をしていなかった。




