第70話:無限の火種と、凍てつく虚空
災厄の着弾
ヴォルグの跳躍は、生物のそれではなく、噴火した火山弾のようだった。
防壁の上にいたアヴァロン兵たちが、恐怖に顔を引きつらせる。
「させません!」
蓮の横から、セラフィナが飛び出した。彼女はバルバロス戦で師匠を超え、さらに蓮の能力で強化された『聖剣・断罪』を構えていた。
「はぁぁぁッ!」
セラフィナの剣閃が、空中のヴォルグを捉える。鉄塊すら両断する神速の一撃。
だが、ヴォルグは避けなかった。
ガギィィン!!
セラフィナの剣が、ヴォルグの深紅の鎧に食い込む。しかし、肉を断つ感触はなかった。まるで、極限まで圧縮されたエネルギーの塊を斬りつけたかのような反動が、セラフィナの腕を痺れさせた。
「軽いな」
ヴォルグが空中で大剣を振るう。
「ぐっ……!」
セラフィナは剣で受け止めたが、その圧倒的な質量の前に、木の葉のように吹き飛ばされ、防壁の石畳に叩きつけられた。
そして、ヴォルグが着地する。
ズドォォォォン!!
アヴァロン自慢の『黒鋼』の防壁が、着地の衝撃だけでクモの巣状に亀裂が走り、一部が崩落した。
痛みを食らう怪物
土煙の中から、ヴォルグがゆらりと立ち上がる。
彼の鎧の隙間からは、セラフィナに斬られた傷口から血ではなく、灼熱の蒸気が噴き出していた。
「ぬるい……。あまりにもぬるいぞ」
ヴォルグの赤い瞳が輝きを増す。
「我が『憤怒』は、痛みによって研ぎ澄まされる。貴様らの攻撃は、全て我が力の薪に過ぎん」
ヴォルグが咆哮すると、彼の周囲の空間が熱で歪んだ。斬られたはずの鎧の傷が、赤熱化して修復され、以前よりも分厚く、禍々しい形状へと進化していく。
これが第二の大罪『憤怒』の権能。
受けたダメージ、抱いた怒りを全て魔力に変換し、肉体と装備を無限に強化・再生する。殺せば殺すほど強くなる、理不尽な不死身性。
巨神ゴーレムの岩石落としも、アヴァロン軍の銃撃も、彼にとってはただの「充電」でしかなかったのだ。
感染する狂気
さらに恐ろしい現象が起きた。
ヴォルグから放たれる赤い熱波を浴びたアヴァロン兵たちが、突如として頭を抱えて蹲った。
「う、うあぁぁぁ! 熱い! 頭が割れる!」
「許さない……殺してやる……!」
兵士たちの目が赤く充血し、隣にいる仲間へと銃口を向け始めた。
「やめろ! お前たち、正気に戻れ!」
カイルが止めようとするが、暴走した兵士に殴り飛ばされる。
「カイル様、離れてください! 彼らの精神が、『怒りの概念』に汚染されています!」
フィーネが結界を張るが、侵食の速度は凄まじい。ヴォルグの存在そのものが、理性を焼き切るウイルスなのだ。
「見ろ、アヴァロンの王よ。これが人間の本性だ」
ヴォルグが嗤う。
「誰もが腹の底に怒りを抱えている。我はただ、その導火線に火をつけただけだ。貴様が救った民同士が殺し合う様は、さぞ愉快だろう?」
虚空対憤怒
「……うるさいな」
混乱する防壁の上で、蓮だけが静かにヴォルグを見下ろしていた。
「お前は、ただの火力発電所だ。大声で喚くな」
蓮は、漆黒の義手『虚空の右腕』を構え、ヴォルグとの距離を一瞬で詰めた。
「消えろ」
蓮の右手が、ヴォルグの顔面を鷲掴みにする。
義手の能力『虚空の圧搾』。対象の空間座標を内側に向かって無限に圧縮し、マイクロブラックホール化させて消滅させる必殺の技。
バキバキバキッ……!
ヴォルグの兜が歪み、頭蓋骨が砕ける音が響く。
だが。
「オオオオオオオオオッ!!」
ヴォルグは消滅しなかった。
蓮の圧縮する力に抗い、内側から膨れ上がる爆発的なエネルギーで、蓮の義手を押し返し始めたのだ。
「貴様のその力……! その圧倒的な理不尽な暴力こそが! 我が怒りを最高潮へと高めるのだァァァッ!!」
蓮の攻撃力が高いほど、ヴォルグの防御力と筋力も跳ね上がる。
蓮の黒い魔力と、ヴォルグの赤い魔力が衝突し、閃光が迸る。
戦略的撤退の否定
(厄介だな。殴れば殴るほど硬くなるサンドバッグか)
蓮は冷静に分析した。このまま力押しを続ければ、ヴォルグは際限なく強くなり、その余波でアヴァロンが吹き飛ぶ。
「ならば、これでどうだ」
蓮は圧縮を止め、逆にヴォルグを弾き飛ばした。
ヴォルグは数メートル後退したが、すぐに踏みとどまり、あろうことか巨大なノコギリ剣を振りかぶった。
剣身が真っ赤に発光し、大気中の魔力を吸い込んで巨大化していく。
「貴様もろとも、この街を灰にしてくれる!」
「させるか」
蓮は、背後の街には目もくれず、ヴォルグの剣の軌道上に割り込んだ。
避ければ街が焼ける。
「リサ、セラフィナ! 暴走した兵士を抑えろ! こいつは僕がやる!」
「蓮様!」
ヴォルグの必殺の一撃、『激昂の焦土』が振り下ろされた。
蓮は、漆黒の義手を盾にして、その熱量を受け止めた。
ジュッッッ!!
蓮の義手から煙が上がる。神すら握り潰す義手が、ヴォルグの熱量に押されている。
(熱いな……。だが、これで分かった)
蓮は、顔をしかめながらも、ヴォルグのエネルギーの「質」を完全に解析した。
(お前の力は『循環』だ。受けたエネルギーを増幅して返す。なら、その循環を止めてしまえば、お前はただの肉の塊に戻る)
蓮の瞳に、勝利への算段が浮かんだ。
力でねじ伏せるのではない。概念ごと「冷却」し、無力化する。




