第68話:強奪された帝国と、黄金の夜明け
資産の概念譲渡
バルバロスが消滅した後、残されたのは山のような残骸と、彼が肌身離さず持っていた一冊の分厚い『大帳簿』だった。
これはただの帳簿ではない。世界中の商会、裏社会の口座、武器庫の管理権限が記された、バルバロスの商才と執念の結晶であるマジックアイテムだ。
蓮は、地面に落ちていたその帳簿を拾い上げ、漆黒の義手で触れた。
「ロックがかかっているな。所有者以外には開けない呪いか」
パラガスが顔をしかめる。
「解析班に回しましょう。解除には数ヶ月かかるかもしれませんが……」
「必要ない」
蓮は義手に魔力を込めた。
「良く、なれ」
蓮は帳簿にかかっていた『バルバロス専用』という概念を握り潰し、『アヴァロン国庫直結』へと書き換えた。
バチッという音と共に、帳簿が淡い光を放ち、ページがパラパラとめくれた。
「……アクセス権限、掌握完了だ」
蓮は帳簿をパラガスに放り投げた。
「パラガス。これでバルバロスの全資産、隠し口座、物流ルートの全てがお前の指揮下に入った。好きに使え」
パラガスが帳簿の中身を確認し、片眼鏡を落としそうになった。
「こ、これは……! 国家予算どころではありません。世界の富の三割がここにあります! これを使えば、アヴァロンのインフラ整備、軍備拡張、全てが一瞬で完了します!」
経済封鎖の逆転
翌日から、世界の経済図は激変した。
バルバロス商会が消滅し、代わりに『アヴァロン通商連合』が発足したのだ。
アヴァロンへの経済封鎖を行っていた周辺諸国の領主たちは、顔面蒼白になった。彼らが頼っていた物資の供給元が、全てアヴァロンの支配下になったからだ。
「物資が欲しければ、アヴァロンを国として認めろ。そして、公正な取引に応じろ」
それが蓮の出した条件だった。
背に腹は変えられない領主たちは、次々とアヴァロンに頭を下げ、国交を結びに来た。
かつての「ゴミ捨て場」には、世界中から最高級の資材と人材、そして莫大な金貨が流れ込み始めた。
地下都市の薄暗い通路は、魔法照明で明るく照らされ、泥の床は大理石へと変わり、スラムのバラック小屋は高層の魔導建築へと建て替えられていった。
飢えなき民
街の食堂では、かつて残飯を漁っていた子供たちが、湯気の立つ温かいシチューと、焼きたてのパンを腹一杯に食べていた。
「美味しい! おかわり!」
「ああ、たくさん食えよ。蓮様が『腹が減っては戦ができん』と仰って、最高級の小麦を仕入れてくれたんだ」
厨房では、元スラムの老婆たちが、生き生きと料理を作っている。
その様子を、高台にある司令室のバルコニーから、蓮が見下ろしていた。
隣には、正装に身を包んだユリアが立っている。
「……夢のようです。あの地獄のような場所が、こんなに笑い声の溢れる街になるなんて」
「まだ通過点だ」
蓮は、街の灯りを見つめながら言った。
「金や食料は手段に過ぎない。重要なのは、彼らが『自分たちは捨てられたゴミじゃない』という誇りを取り戻したことだ」
蓮は、自分の漆黒の右腕を見た。
「バルバロスは金に食われた。僕は、この金を使って民を強くする。王国が百年かかっても追いつけない、最強の国を作る」
王国の焦燥
一方、王都の王城では、緊急の御前会議が開かれていた。
国王は玉座で震え上がり、宰相や将軍たちは怒号を飛ばし合っていた。
「S級パーティ全滅! 巨神ゴーレム奪取! さらにバルバロス商会まで吸収されただと!?」
「アヴァロンの経済規模は、すでに我が国の半分に迫っています! このままでは、戦わずして経済的に併呑されますぞ!」
「ええい、軍は何をしている! 総攻撃だ! 民間人ごと焼き払え!」
「できません! 教会の『天使』すら喰われたという情報があります! 下手な手出しは、国そのものを消滅させかねません!」
会議は紛糾し、絶望的な空気が漂っていた。
彼らは理解し始めていた。自分たちが捨てた「ゴミ」が、今や自分たちの喉元に刃を突きつける「魔王」へと成長したことを。
そして、その混乱の影で、新たな災厄が動き出そうとしていた。
東方の軍事大国ガレリア。
そこで起きたクーデターの噂が、風に乗って届いていた。死んだはずの将軍が蘇り、血に飢えた軍隊を率いて、世界への侵攻を開始したという。




