第64話:買われた刃と、価値の暴落
1. 黄金の包囲網
バルバロスの使者が去ってから数日後、アヴァロンを取り巻く状況は静かに、しかし確実に悪化していた。
地下司令室で、パラガスが苦渋の表情で報告する。
「やられました。周辺の村や町から、食料と資材が消えました」
「消えた?」
「はい。バルバロスの商会が、相場の三倍、いや十倍の価格で全ての物資を買い占めたのです。商人たちは喜んで彼らに売り渡し、アヴァロンへの流通は完全にストップしました」
それは、兵糧攻めだった。
アヴァロン内部には生産プラントがあるため、すぐに飢えることはない。だが、特殊な魔法金属や薬草など、外部から調達しなければならない資源は枯渇しつつある。
「さらに、周辺の領主たちも金で買収され、アヴァロンを『疫病神の巣窟』として隔離政策を取り始めました。我々は今、陸の孤島です」
蓮は、地図を見下ろした。
「金という暴力か。血を流さずに首を絞める、奴らしいやり方だ」
その時、通信機からリサの悲鳴交じりの報告が入った。
『蓮様! 第三資材搬入ルートが襲撃されました! 敵は……ただの傭兵じゃない! 装備が異常です!』
2. 金で塗られた殺意
地上、岩場の搬入ルート。
リサ率いる偵察部隊は、苦戦を強いられていた。
相手は、バルバロスが雇ったSランク傭兵団『黄金の牙』。
彼らの強さは、個人のスキルではない。その異常なまでの「装備」にあった。
「オラオラァ! この剣は一本一億ゴールドだぞ! 切れ味が違うんだよ!」
傭兵の一人が振るう大剣が、リサの部下の盾を紙のように切り裂く。
別の傭兵は、全身に数千万円級の防御結界アイテムをジャラジャラとぶら下げていた。
「無駄だ無駄だ! 貧乏人の攻撃なんて、この『聖女の守り石』が自動で防いでくれる!」
彼らは、バルバロスの圧倒的な資金力によって、本来なら国宝級とされるアーティファクトを湯水のように与えられていた。
「くっ……! 速さだけじゃ、あの装甲を抜けない……!」
リサが爪を振るうが、幾重にも張られた結界に弾かれる。
傭兵のリーダーが、リサを見て下卑た笑みを浮かべた。
「おい、あの獣人は生け捕りだ。バルバロス様が『ペットにしたい』と仰ってた。傷つけずに捕らえれば、ボーナスが出るぞ!」
「へいへい! 金のためなら何でもやるぜ!」
傭兵たちが、特殊な捕獲ネット――これもまた高価な魔道具――を射出した。
3. 価値の破壊者
リサがネットに絡め取られそうになった、その瞬間。
上空から黒い影が落下した。
ドゴォォォォン!!
着地の衝撃波だけで、周囲の傭兵たちが吹き飛ばされる。
土煙の中から現れたのは、漆黒の義手を構えた蓮だった。
「蓮様!」
「遅くなった、リサ。下がっていろ」
蓮は、立ち上がった傭兵たちを冷ややかに見回した。
「おいおい、なんだそのガキは。賞金首の王様か?」
リーダーが、ニヤニヤしながら超高級な魔法剣を構えた。
「俺たちの装備を見てビビったか? 全身総額五十億ゴールドのフル装備だ。Eランクの攻撃なんて通らねえよ」
「五十億?」
蓮は、鼻で笑った。
「くだらない。僕の前では、その金額に何の意味もない」
蓮は、一歩踏み出した。
傭兵リーダーが激昂し、魔法剣を振り下ろす。刀身から炎、氷、雷の複合魔法が放たれる必殺の一撃。
蓮はそれを避けもせず、漆黒の右腕で剣の刃を直接掴んだ。
「なっ……!?」
「良く、なれ」
蓮が呟く。
しかし、その意味は「価値を無くす」という逆説的な強化だった。
バキバキバキッ……!
蓮の右腕から放たれた波動が、剣の魔力回路を瞬時に侵食する。
「な、何をした!? 俺の最強の剣が!」
剣の輝きが失われ、ただの錆びついた鉄屑へと朽ち果てていく。
「お前の剣は今、ただのスクラップだ。市場価格、ゼロ」
蓮は、ボロボロになった剣を指で弾いた。剣は粉々に砕け散った。
4. 暴落する戦意
「ひぃっ!? 俺の防具が!」
「魔道具が動かねえ!?」
蓮は、戦場を歩きながら、右腕から広範囲に『価値暴落』の概念波動を放った。
傭兵たちが誇っていた高価なアイテムが、次々と機能を停止し、薄汚いガラクタへと変わっていく。
「金で買った強さなんて、メッキが剥がれればこんなものだ」
蓮は、装備を失ってただのゴロツキに戻った傭兵リーダーの首を掴み上げた。
「ば、バルバロス様が黙っていないぞ! 俺たちには金がある! いくらでも代わりを……」
「金?」
蓮は、冷徹な瞳で告げた。
「なら、その金も紙切れにしてやる。お前たちが崇める『市場価値』というルールそのものを、僕が壊してやる」
蓮は傭兵リーダーを投げ捨てた。
「去れ。そして主人に伝えろ。『アヴァロンの商品は、お前の金では買えない』と」
装備もプライドも破壊された傭兵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
5. 経済戦争の開戦
アジトに戻った蓮は、パラガスとカイルを呼んだ。
「反撃に出るぞ。武力じゃない。経済で奴を殺す」
蓮は、カイルに指示を出した。
「カイル。地下の廃棄物を使って、最高品質のポーションと魔剣を量産しろ。僕の能力で品質を『神級』まで引き上げる」
「えっ? でも、そんな貴重なものをどうするの?」
「タダ同然の価格で、周辺の市場にばら撒くんだ」
パラガスが目を見開いた。
「なんと……! 市場価格の破壊ですか」
「そうだ。バルバロスが高値で買い占めた物資がゴミに見えるくらい、高品質なものを安く流通させる。奴の在庫を不良債権に変えて、商会ごと破産させてやる」
それは、アヴァロンの超技術と蓮の概念強化を用いた、世界経済へのテロ攻撃だった。
「強欲な豚を、干上がらせてやる」
蓮の瞳には、剣崎と戦った時とは違う、冷徹な策士の光が宿っていた。




