第63話:黄金の使者と、買収される魂
アヴァロンの鼓動
巨大ゴーレムを門番として据えたことで、アヴァロンへの直接的な軍事侵攻は一時的に停止した。
その隙に、蓮は内政に追われていた。
「水路の整備、完了だ」
蓮が地下都市の壁に張り巡らされた錆びついたパイプに触れると、それらは銀色に輝くミスリル合金へと変質し、清浄な水が勢いよく流れ出した。
「素晴らしい……。これなら、数万人の民が暮らすに困りません」
パラガスが帳簿を見ながら感嘆する。
「食料生産プラントも、カイル君の『錬金創造』のおかげで稼働し始めました。我々は、国としての自給自足を確立しつつあります」
かつてのゴミ捨て場は、今や迷宮のように複雑で、かつ高度な魔導技術に守られた地下要塞都市へと進化していた。住民たちの顔からも死相が消え、新しい国を作るという活気が満ちている。
だが、その平穏を破る来訪者が現れた。
「蓮様。門番ゴーレムが、一台の馬車を通しました。攻撃の意思はなく、交渉を求めているとのことです」
リサが報告に走ってくる。
「馬車? 王国軍か?」
「いえ……もっと、嫌な匂いがします。金と、欲望の匂いです」
慇懃無礼な代理人
広場に現れたのは、場違いなほど煌びやかな、純金で装飾された馬車だった。
中から降りてきたのは、細身のスーツを着た男。バルバロスの秘書官、ガイルと名乗った。
「お初にお目にかかります、アヴァロンの王よ。私は世界商会連盟の理事、バルバロス様の代理で参りました」
ガイルは深く一礼したが、その目は蓮を、そして周囲の住民たちを「商品の在庫」として値踏みしていた。
「単刀直入に申し上げましょう。バルバロス様は、貴方のこの国を『買収』したいと仰っています」
「買収だと?」
蓮が眉をひそめる。
「はい。王国軍との戦争、教会の圧力……このままではジリ貧でしょう? そこで、バルバロス様が貴方の借金……つまり、この国が抱える『敵対関係』を全て肩代わりしましょう」
ガイルは、一枚の羊皮紙――契約書を取り出した。
「その対価として、貴方がたはバルバロス様の『所有物』となり、彼のコレクションとして永遠の保護を受けるのです。悪い話ではないでしょう? 泥を啜って生きるより、黄金の檻で飼われる方が幸せだ」
強欲の片鱗
周囲の兵士たちが色めき立つ。
「ふざけるな! 俺たちは奴隷じゃない!」
「帰れ! 二度と来るな!」
石が投げられそうになるが、蓮がそれを手で制した。
「条件はそれだけか?」
「いえ、もう一つ。バルバロス様は特に、貴方のその『右腕』にご執心でしてね。契約の証として、まずは右腕を切断して献上していただきたい」
ガイルは涼しい顔で、とんでもない要求を口にした。
蓮は、鼻で笑った。
「断る。帰って主人に伝えろ。僕の国も、僕の腕も、売り物じゃない」
「……残念です。交渉決裂、ということですね」
ガイルは溜息をつき、契約書を懐にしまった。
「では、デモンストレーションを行いましょう。『所有権』というのは、必ずしも合意の上で移転するものではないということを」
ガイルが指を鳴らした。
その瞬間、蓮の近くで警備をしていた兵士の一人が、突如として槍を構え、隣にいた仲間の喉元に突きつけた。
「おい、何をするんだ!?」
「あ……あれ? 身体が、勝手に……!」
槍を突きつけた兵士の額には、いつの間にか黄金の刻印――『売約済み』の文字が浮かんでいた。
買われた忠誠
「なっ……!?」
セラフィナが抜剣する。
ガイルはニヤリと笑った。
「バルバロス様の権能は『強欲』。彼が『欲しい』と強く願ったものは、対価――この場合は兵士の魂の値段に見合う金貨を消費することで、強制的に『所有権』を書き換えることができるのです」
ガイルの足元に、大量の金貨がジャラジャラと湧き出し、そして消滅した。それが、兵士を裏切らせるための対価だった。
「やめろ! 俺は蓮様の兵士だ!」
兵士は泣き叫ぶが、身体は裏切り、仲間の首を切り裂こうとする。
「させるか!」
蓮が瞬時に間合いを詰め、裏切った兵士の槍を義手で掴んだ。
「良く、なれ」
蓮は、兵士の額に浮かんだ『売約済み』の刻印に、自身の魔力を流し込んだ。
『所有権の強制破棄』。
バチィッ!!
黄金の刻印が弾け飛び、兵士が崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ……蓮様……申し訳ありません……!」
「謝るな。お前の意思じゃない」
蓮は兵士を介抱し、ガイルを睨みつけた。
宣戦布告
「ほう……。バルバロス様の『強欲』の呪いを解呪しますか。やはり、その右腕は素晴らしい価値だ」
ガイルは、驚くどころか、さらに欲望をぎらつかせた。
「今日のところは引き上げましょう。ですが、覚えておいてください。この世に値札のつかないものはない。忠誠も、愛も、命も……全てバルバロス様が買い占めることになります」
ガイルは馬車に乗り込んだ。
「次は、軍隊という名の『集金人』を送りますよ。ごきげんよう、商品の方々」
黄金の馬車は、高笑いを残して去っていった。
蓮は、去りゆく馬車を見送りながら、ギリと歯を噛み締めた。
「金で人の心を支配するだと……。一番嫌いなタイプだ」
パラガスが、険しい顔で進言する。
「蓮様。バルバロスは、世界中の傭兵団や裏社会を金で操っています。王国軍のような『数』ではなく、金で雇われた『質の高い殺し屋』たちが、際限なく送り込まれてくるでしょう」
「ああ。分かっている」
蓮は、漆黒の義手を握りしめた。
「なら、僕たちはその『金』という概念ごと叩き潰す。アヴァロンの経済力と技術力で、奴の商売をあがったりにしてやる」




