第62話:鋼鉄の城壁と、値踏みする強欲
1. 瓦礫からの築城
地下都市スラム街の入り口。そこは今、驚異的な速度で変貌を遂げていた。
蓮は、崩れかけたレンガの壁に漆黒の義手を押し当てていた。
「良く、なれ」
蓮の魔力が煉瓦の一つ一つに浸透し、その分子構造を書き換えていく。脆い泥と石の混合物は、ダイヤモンドよりも硬く、ミスリルよりも魔力耐性の高い『黒鋼』へと進化した。
ズズズズ……と地響きが鳴り、ただのボロ壁が、天を衝くような巨大な防壁へと隆起していく。
「凄まじい……。一夜にして難攻不落の要塞が出来上がっていく」
背後で見ていたパラガスが、感嘆の息を漏らした。
「国を守るには、まず殻が必要だ。この地下都市全体を、一つの巨大な『要塞』に作り変える」
蓮は額の汗を拭った。天使を喰らったとはいえ、都市規模の概念強化は魔力消費が激しい。だが、フィーネが常に傍で魔力を供給し、リサが資材を運び、セラフィナとユリアが警備に当たることで、作業は円滑に進んでいた。
「蓮様。地上より報告です。王国軍の先遣隊が到着しました」
パラガスが表情を引き締めた。
「数は約三万。さらに、国宝級の戦略兵器『巨神ゴーレム』を投入してきました」
2. 巨神の進撃
地上。スラム街への入り口がある峡谷に向けて、地響きと共に巨大な影が迫っていた。
全長50メートルを超える、岩と鉄で構成された巨神ゴーレム。古代文明の遺産であり、王国の最終防衛兵器の一つだ。
「踏み潰せ! ゴミどもを巣穴ごと埋めてしまえ!」
ゴーレムの肩にある指令台で、王国の将軍が叫ぶ。
巨神が足を振り上げる。その一撃は、地下都市の天井を崩落させ、数万人の民を生き埋めにする威力を持っている。
「終わりだ、反乱分子ども!」
巨大な足が振り下ろされた、その瞬間。
ドォォォォン!!
轟音と共に、巨神の動きが止まった。
地面が揺れ、砂煙が舞い上がる。
「な……何が起きた!?」
将軍が身を乗り出す。
信じられない光景があった。
巨神の踏みつけを、たった一人の人間が、片手で受け止めていたのだ。
3. 所有権の強奪
「重いな。メンテナンス不足か?」
蓮は、頭上にある数千トンの足を、『虚空の右腕』一本で支えていた。義手から溢れる重力波が、ゴーレムの物理的な質量を相殺している。
「ば、馬鹿な! 人間が巨神を止めるだと!?」
「人間じゃない。僕は『アヴァロン』の王だ」
蓮は、ニヤリと笑った。
「それに、いい素材を持ってきたな。これだけの質量があれば、城門の番人にちょうどいい」
蓮は、義手を巨神の足底に食い込ませた。
「良く、なれ」
黒い魔力が、巨神の足から全身へと一気に駆け巡る。
『制御回路、掌握。所有者権限を強制書き換え』
巨神の内部にあった王国の魔術刻印が、蓮の呪詛によって塗り潰され、焼かれ、そして蓮に従う『黒い忠誠』へと書き換えられた。
「う、動かない! 制御不能です!」
「馬鹿な! 何をした!」
将軍が叫ぶ中、巨神の目が赤から、蓮の魔力と同じ漆黒へと変わった。
蓮が手を離し、指を鳴らす。
「払え」
ズォッ!!
巨神が、自らの肩に乗っていた指令台を、平手打ちで吹き飛ばした。
「ぎゃあああああ!」
将軍と操縦士たちが、空の彼方へ消えていく。
「さて。今日からお前の名前は『門番』だ。僕の国を守れ」
巨神は、蓮に向かって深々と頭を垂れ、その巨大な身体を峡谷の入り口に座らせた。それは、王国軍にとって絶望的な「壁」の誕生だった。
4. 丘の上の商人
その戦いの一部始終を、数キロ離れた丘の上から、望遠鏡で眺めている男がいた。
煌びやかな宝石で飾られた馬車に座る、肥え太った男。
一見するとただの成金商人だが、その瞳の奥には、管理者が放った七つの光の一つ――『強欲』の黄金の光が宿っていた。
「ホッホッホ……素晴らしい。実に素晴らしい価値だ」
男の名は、バルバロス。
世界中の武器や兵器を売買し、戦争をコントロールする死の商人。そして今、彼は「触れたものの価値を奪い、自分のものにする」という、大罪の能力に目覚めていた。
「あの黒い右腕……。あれは国宝どころの騒ぎではない。神の遺産だ。あれがあれば、私は世界の全てを買える」
バルバロスは、舌なめずりをした。
彼に見えているのは、蓮という人間の脅威ではない。蓮という存在につけられた、天文学的な「値札」だった。
「欲しい。欲しい欲しい欲しい。あの腕も、あの巨神も、あの国の民も、全て私のコレクションに加えよう」
バルバロスは指を鳴らした。
彼の背後の空間が歪み、そこから金色の鎖に繋がれた、異形の傭兵団が現れる。彼らもまた、バルバロスによって「所有物」とされた強力な個体たちだ。
「まずは挨拶といこうか。あの若き王に、商談を持ちかけるとしよう」




