第61話:帰還、そして胎動する七つの大罪
地獄からの生還
教会の地下工場に、バリバリという空間が裂ける音が響き渡った。
漆黒の亀裂から、蓮たちが吐き出されるようにして帰還する。
「……戻ったか」
蓮が着地し、義手の能力を解除すると、次元の裂け目はシュンと音を立てて閉じた。
鼻を突くのは、工場のオイルと血の臭い。だが、あの無味乾燥な「悠久の狭間」の空気に比べれば、それは生きている世界の懐かしい匂いだった。
「蓮様……!」
パラガスと革命軍の兵士たちが駆け寄ってくる。彼らは、蓮たちが異次元に消えてから数時間、固唾を飲んで待っていたのだ。
「成功したのですね」
パラガスが、蓮の背中に守られている銀髪の騎士を見て、片眼鏡を震わせた。
「ああ。取り戻したよ」
蓮は、支えていたユリアを前に立たせた。
ユリアは、まだ現実感が戻らないのか、震える手で自身の剣の柄を握りしめていた。そして、周囲の兵士たち、破壊された工場、そして何より、変わり果てた主君の姿を改めて直視した。
代償と忠誠
「神崎、殿……」
工場の薄明かりの下で、ユリアは初めて蓮の『虚空の右腕』をはっきりと目にした。
それは、かつての人間の腕ではない。黒い金属光沢を放ち、禍々しい魔力を纏った、異形の兵器だ。
「その腕は……私が、捕まったせいで……」
ユリアの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。彼女は、その場に膝をつき、額を地面に擦り付けた。
「申し訳、ありません……! 私が不甲斐ないばかりに、貴方にこのような傷を……!」
騎士として、主君を守るべき自分が、逆に主君の身体を犠牲にさせてしまった。その事実は、彼女の誇りを粉々に砕くものだった。
しかし、蓮は膝をつき、漆黒の義手でユリアの涙を拭った。
「顔を上げてくれ、ユリア。これは傷じゃない」
蓮は、義手を握りしめて見せた。
「これは『進化』だ。君がいなくなった絶望が、僕に力をくれた。この腕は、君と僕の絆の証だ」
「絆……」
「そうだ。それに、前の腕より便利だしな。神だって握り潰せる」
蓮の冗談めかした言葉に、ユリアは泣き笑いのような表情を浮かべた。
「貴方は……本当に、底知れない方です。この命、改めて貴方に捧げます。今度こそ、二度と貴方のお側を離れません」
「ああ。頼りにしているよ、僕の騎士」
その光景を、セラフィナ、リサ、フィーネが温かい目で見守っていた。彼女たちもまた、ユリアという「正妻」格の帰還を、心から歓迎していた。
スラムの王、凱旋
蓮たちは、地下工場を後にし、拠点であるスラム街へと戻った。
そこには、数万人の民衆が待っていた。
蓮に治療され、救われた人々。教会の支配から解放された人々。彼らは蓮の姿を見ると、割れんばかりの歓声を上げた。
「王だ! 我らの王が戻られた!」
「万歳! 神殺しの王、万歳!」
それは、かつて「ゴミ」として捨てられた人々が、初めて自分たちの意思で選び取った指導者への熱狂だった。
蓮は、広場の中央にある瓦礫の山の上に立った。
隣には、最強の剣士セラフィナ、神速のリサ、聖女を超える癒やし手フィーネ、そして帰還した忠義の騎士ユリア。
蓮は、漆黒の右腕を天に突き上げた。
「聞け、同胞たちよ! 今日、この瞬間をもって、ここは教会のゴミ捨て場ではない!」
蓮の声が、魔力に乗って街中に響き渡る。
「ここは、世界に見捨てられた者たちが、世界を見返すための『約束の地』だ! 我々はここに、新たな国『アヴァロン』の建国を宣言する!」
うおおおおおおおっ!!
地響きのような歓声が、地下都市を揺るがした。それは、腐敗した世界への宣戦布告であり、新たな時代の幕開けだった。
散らばった七つの災厄
その頃。
蓮たちが知る由もない、世界の各地で異変が起きていた。
管理者が最後に放った「七つの光」。それが、あるべき場所に突き刺さり、適合者を見つけ出していたのだ。
王都の貧民街。 親に売られ、絶望していた少年の胸に『強欲』の光が宿った。彼は触れるもの全てを黄金に変える力を得て、歪んだ笑みを浮かべた。
東方の軍事大国。 戦場で死にかけていた将軍の死体に『憤怒』の光が宿った。死体は起き上がり、周囲の兵士を彼我の区別なく殺戮し始めた。
北の雪山、南の孤島、西の迷宮……。
そして、七つ目の「異質な光」は、誰も知らない場所で、静かに、しかし最悪の形で芽吹こうとしていた。
蓮が神を喰らって強くなったように、世界もまた、蓮を殺すための「抗体」を生み出していたのだ。
新たな戦いの予感
スラムの広場で、熱狂する民衆を見下ろしながら、蓮はふと、右腕に微かな痛みを感じた。
「……蓮様?」
ユリアが気づいて声をかける。
「いや、なんでもない。……ただ、風の匂いが変わった気がしたんだ」
蓮は、義手を強く握りしめた。
教皇を倒し、ユリアを取り戻した。だが、これで終わりではない。むしろ、ここからが本当の戦いだ。
世界を敵に回した「魔王」として、そして民を守る「王」として。
「行くぞ。まずは国境を固める。王国軍が、総力を挙げて奪還に来るはずだ」
蓮は、仲間たちと共に、新たな玉座となる司令室へと歩き出した。
その背中には、以前よりも増した覇気と、決して折れない覚悟が宿っていた。




