第55話:神喰らいの、クラエッティ
聖なる光の解体
天使エクスシアの猛攻は凄まじかった。
背中の六枚の光翼が、物理法則を無視した軌道で蓮に襲いかかる。それは熱線であり、刃であり、触れるもの全ての存在を原子レベルで分解する「消去プログラム」だった。
工場の床が、音もなく円形に抉り取られていく。
だが、蓮は退かなかった。
「解析完了。パターンが単調すぎるんだよ」
蓮は、漆黒の義手『虚空の右腕』を前に突き出した。
天使が放つ「消去の光」を、蓮は回避するのではなく、真正面から掴み取った。
バチバチバチッ!!
強烈なスパークが散る。本来なら触れた瞬間に消滅するはずの光が、蓮の義手の中で、まるで泥団子のように握り固められていく。
「な、何をしている……!? 那由多の演算領域を持つ天使の攻撃を、掴むだと!?」
教皇が玉座から転げ落ちんばかりに驚愕する。
蓮は、手の中で圧縮され、震える光の球を見つめた。
「所詮はエネルギーの塊だ。密度が高いだけの『可燃ゴミ』に過ぎない」
蓮は指に力を込めた。
パリン、という軽い音がして、神の光が粉々に砕け散った。
概念の書き換え
「そんな……神の威光が……」
教皇が呆然とする中、蓮は地面を蹴り、一瞬で天使の懐に飛び込んだ。
天使は反応し、至近距離から防御障壁を展開しようとする。
「遅い」
蓮の右手が、天使の顔面――幾何学的な紋様が浮かぶ無機質な仮面を鷲掴みにした。
『警告。異物の接触を検知。排除行動へ移――』
「黙れ、ポンコツ」
蓮は、能力『ゴミを良くする』を最大出力で発動した。
対象は、第六位階天使エクスシア。
蓮の脳内で、天使の定義が書き換えられていく。
『神の尖兵』? 違う。 『絶対的な管理者』? 違う。
「お前は、僕がユリアを助けに行くための『超高性能なバッテリー』だ」
蓮の義手から、ドス黒い呪詛のような魔力が天使の全身へと浸食していく。
天使の身体が痙攣し、純白の装甲が急速に錆びつき、黒く変色し始めた。
『エラ……ー……概……念……崩……壊……』
機械音声がバグり、神聖な輝きが失われていく。
神喰らい
「やめろぉぉぉッ!! 神の使いになんてことを!!」
教皇が絶叫するが、蓮は止まらない。
「良く、なれ」
その言葉は、天使にとっての救済ではなく、捕食の合図だった。
天使の身体が液状化し、渦を巻いて蓮の右腕へと吸い込まれていく。数千人の命を吸って稼働していた膨大なエネルギーが、全て蓮の義手の動力源として変換されていく。
バクン、バクン、と蓮の右腕が脈動する。
痛みに似た熱さが走るが、蓮はそれをねじ伏せた。
数秒後。
そこには、天使の姿はなかった。
ただ、蓮の右腕が、以前よりも深く、底知れない闇色の輝きを放っているだけだった。
信仰の残骸
工場に静寂が戻った。
残されたのは、魔力を吸い尽くされて崩壊寸前の炉と、腰を抜かした教皇だけだった。
「あ……あぁ……」
教皇は、震える手で虚空を掴もうとしていた。
「私の……神が……。数千の生贄を捧げて、ようやく呼び出した救済が……」
蓮は、ゆっくりと教皇に歩み寄った。
「救済? 違うな。お前が呼んだのは、ただの自動殺戮人形だ」
蓮は、教皇を見下ろした。
「お前は、こんなガラクタのために、罪のない人々を殺し、国を腐らせたのか」
「ガラクタではない! 神だ! 神は絶対なのだ!」
教皇は錯乱し、隠し持っていた短剣を抜いて蓮に斬りかかった。
蓮は動かなかった。
短剣は、蓮の身体に届く前に、右腕から発せられる重圧だけで粉々に砕け散った。
「ひっ……」
教皇が尻餅をつく。
蓮は、もはや教皇に殺意すら抱いていなかった。
「哀れだな。お前の神は、僕の右腕の燃料にしかならなかったよ」
蓮は教皇の胸倉を掴み、顔を近づけた。
「死ぬなよ。生きて、お前が築き上げたものが全て崩れ去る様を、その目で見届けろ。それがお前への罰だ」
蓮は教皇をゴミのように放り投げた。
教皇は、信仰も、権力も、神も全て失い、ただの抜け殻となって工場の床に転がった。
奈落への鍵
蓮は、天使を吸収したことで活性化した右腕を見つめた。
そこには、次元の壁すら干渉できるほどの力が満ちていた。
「これで……行ける」
蓮の視線は、工場のさらに奥、地下深くに眠る『奈落の大穴』の方角へと向けられた。
教会の妨害は消えた。神の兵器も喰らった。
あとは、世界の裏側に降り立ち、あの忌々しい管理者を殴り飛ばして、ユリアを連れ戻すだけだ。
「待っていろ、ユリア。……扉を開けるぞ」
蓮は、天使の力を使って、空間そのものを切り裂く準備を始めた。
その背中からは、かつてのEランクの弱さは微塵も感じられない。神すら喰らう、真の魔王の如き覇気が立ち昇っていた。




