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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生
新章 第四部「高次干渉編」

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第93話:再接続要求

1、色彩を喪失した地平で

視界の全てを塗り潰す純白の虚無は、もはや風景ですらなかった。上下も左右も、遠近感さえもが消失したその空間において、ユウマは自分の肺が空気を吸い込み、心臓が不規則な鼓動を刻んでいるという事実だけを、薄氷を踏むような思いで確認していた。


彼の右腕は、肩から先がどす黒く焼け焦げ、もはや自分の意思で動かすことは叶わない。個人限定の全能化という、自分という個体を世界から切り離し、定義を維持するための盾。それを上位階層の執行者である影たちとの戦闘で酷使しすぎた代償は、彼の神経系を内側から焼き尽くしていた。


「ハァ、……ハァ、……っ」


1呼吸ごとに、喉の奥から鉄の味が競り上がってくる。ユウマは震える左手で、背中に背負ったルナの足をより強く締め直した。彼女の存在強度は、この白い空間の浸食によって、ついに3パーセントという、観測上の消失に等しい数値まで低下している。彼女の身体はもはや羽毛よりも軽く、時折、背後にあるはずの感触が霧のように霧散しかけるのを、ユウマは自らの意志の力だけで強引に繋ぎ止めていた。


「……お兄ちゃん、……ごめんね。……私のせいで、……お兄ちゃんが、……壊れちゃう」


背中から聞こえるルナの声は、もはや鼓膜を震わせる空気の振動ではなく、ユウマの脳内に直接染み込んでくるノイズのようだった。彼女自身が、この世界の論理構造から脱落し、未定義のデータへと還元されようとしている証拠だ。


「……喋るな、……ルナ。……壊れてなんか、……ない。……俺は、……今、……最高に……生きてる……実感があるんだ……」


ユウマは、血に汚れた顔で薄く笑った。銀色の瞳は、かつての神としての冷徹な輝きを失い、代わりに、死にゆく者が最後に灯す執念の火を宿していた。


その時、周囲の白い空間が、不自然な波紋を描いて歪んだ。

音もなく、光もなく。ただ、そこにある事実が書き換えられるかのように、1つの巨大な意思が、ユウマたちの前に顕現した。


2、観測者の再臨

それは、以前に対峙した幾何学的な記録者たちとはまた異なる圧力を放っていた。形を持たない。光の粒子が集まり、霧のように漂いながら、絶えず数式と幾何学模様をその表面に浮かび上がらせている。それは存在というよりも、この宇宙を記述する法則そのものが人格を持ったかのような、圧倒的な既視感をユウマに与えた。


「管理者、ユウマ。……及び、イレギュラー個体、ルナ」


響いたのは、声ではない。宇宙の背景放射が直接言葉に変換されたかのような、全方位からの響きだった。


「……また、……お前たちか。……今度は、……何だ。……記録が終わったから、……ゴミの清掃にでも……来たのか」


ユウマは、錆びついたスパナを杖代わりに、折れた足で泥だらけの地面を踏みしめた。そこだけが、彼が定義し続けている唯一の現実だった。


「我々は掃除人ではない。……我々は、この実験場の推移を看取る者だ」


その存在、観測者は、ユウマの周囲をゆっくりと旋回するように漂った。彼が通った後の空間には、一瞬だけかつての集落の風景や、人々の顔が、古いフィルムの残像のように投影されては消えていく。


「……実験場だと?」


「そうだ。……あなたがこれまで世界と呼び、愛し、守ろうとしたこの空間。……それは、高次領域において設定された、閉鎖型の因果律シミュレーションに過ぎない」


観測者の言葉が、ユウマの脳内に冷酷な事実を叩き込む。


「この世界は、観測で成立する実験場だ。……全能という名の特権を与えられた個体が、いつ自らの重圧に屈し、いつ自由という名のバグを許容するか。……それを観測し、記録することこそが、この宇宙が作られた唯一の目的だ。……あなたが神を辞めたあの日、この実験は実質的に終了した。だが、終了したプログラムには、今、致命的な不具合が発生している」


3、不安定な世界の断末魔

観測者の周囲に浮かぶ数式が、激しく乱れ始めた。それは、この白い空間そのものが崩壊し始めていることを示唆していた。


「ユウマ、再び管理者になれ」


唐突に放たれたその要求は、あまりにも一方的で、あまりにも傲慢だった。


「……何だと?」


「世界は不安定だ。……あなたが管理者権限を放棄し、かつ中枢システムを破壊したことで、このシミュレーション領域は自重に耐えられなくなっている。物理定数は1分ごとに変動し、因果律の鎖は千切れ、数百万の生命データが、今この瞬間も未定義の虚無へと消え続けている」


観測者は、ユウマの眼前に1つの幾何学的なインターフェースを提示した。それはかつてユウマが目にしていた、管理者専用の再接続コンソールだった。


「あなたが再びシステムとリンクし、管理者として再定義を行わない限り、この宇宙の全データはあと3600秒以内に完全な初期化、すなわち消滅を迎える。……あなたが守ろうとしたルナも、あの集落の人間たちも、すべては存在しなかったことにされる。……それを止める唯一の手段が、あなたの再接続だ」


観測者の光が、ユウマを誘惑するように明滅する。


「再び神の座に座れ。……そうすれば、ルナの存在強度は100パーセントに復元される。折れたあなたの足も、焼けた右腕も、すべては一瞬で正常化される。……誰も死なず、誰も傷つかない、完璧な楽園を再構築することができるのだ。……それは、あなたがかつて望んだことではないのか?」


4、断る

沈黙が、白い空間を支配した。

ユウマは、下を向いたまま動かなかった。背中のルナが、不安そうに彼の服を握りしめる力が、弱くなっていくのが分かる。

彼女の身体は、今にも情報の塵となって消えそうだった。


観測者は、その様子を予測通りの反応として記録しようとした。人間は、究極の選択を前にすれば、必ず安定と生存を選ぶ。それがシミュレーションが導き出した、何万回目かの結論になるはずだった。


だが、その時。


「……ハッ、……ハハハ……!!」


ユウマの喉から、乾いた笑い声が漏れた。

最初は掠れた小さな声だったが、それは次第に大きくなり、やがて絶対的な静寂を切り裂くような、激しい嘲笑へと変わった。


「……何が、おかしい」


観測者の光が、不快そうに揺れた。


「……おかしいさ。……笑わずにはいられない」


ユウマは、血に汚れた顔を上げ、眼前の高次存在を真正面から睨みつけた。


「……断る」


その言葉は、システムの論理階層を真っ向から拒絶する、鋭いナイフのようだった。


「……理解不能です。事実を再確認してください。接続を拒否すれば、ルナは消滅します。世界は無に還ります。……なぜ、この救済を受け入れないのですか?」


「救済? ……笑わせるな」


ユウマは、錆びついたスパナを、再び強く握り直した。彼の右腕の回路が、消えかけていた光を再び灯し始める。それは青白い神の光ではない。彼の内側から溢れ出す、煮えたぎるような情動が燃料となった、どす黒い紅色の光だった。


「お前たちが言う世界は、ただの綺麗な標本だ。……誰も傷つかず、誰も間違えず、ただお前たちの計算通りに動く……そんなものは、生きてるとは言わない。……ただの、デバッグ済みの退屈な映画だ」


ユウマは、1歩を踏み出した。地面が砕け、白い粒子が舞い上がる。


5、不自由な自由の価値

「お前らには、見えないんだろうな。……ガロの野郎が、俺に差し出したあの泥だらけの水が、どれほど美味かったか。……不器用な村人たちが、文句を言いながらも水路を直したあの瞬間に、どれほど確かな意志が宿っていたか。……それは、お前たちの数式や、アーカイブの片隅には、1ミリだって載らない、俺たちだけの真実だ」


ユウマは、背中のルナの体温を感じようとした。

3パーセント。

だが、その3パーセントは、宇宙のすべての質量よりも、今のユウマには重かった。


「……世界が不安定? ……結構なことじゃないか。……不安定だからこそ、俺たちは自分の足で踏ん張るんだ。……壊れそうだからこそ、必死に手を伸ばして守るんだ。……管理者に与えられた安定なんて、……そんな偽物の安寧、……もう2度と御免だね」


「……あなたは、ルナを見捨てるというのですか? ……彼女の命よりも、あなたの身勝手な自由を優先するというのですか?」


観測者の問いは、鋭い。それはユウマの心に、最も深く、最も痛い場所へ突き刺さる。

だが、ユウマの瞳に迷いはなかった。


「……ルナを救うのは、神の力じゃない。……俺という人間だ。……俺が、最後までこいつを『ルナ』だと呼び続けて、……こいつの隣に居続ける。……たとえ世界が消えたって、俺がこいつを観測し続ける。……それが、俺のやり方だ」


ユウマは、提示されたコンソールを、スパナで力任せに叩き割った。

幾何学的なインターフェースが、激しい火花を散らして霧散する。


「再接続なんて、必要ない。……俺たちは、俺たちの力で、この壊れかけの日常をデバッグしてやる。……神様の助けなんて借りずに、泥を啜って、傷だらけになって……最後の1秒まで、人間として足掻いてやるよ」


6、観測外の因果律

「……。……エラー。……不適合個体による、救済の拒絶を確認。……個体、ユウマの自我強度が、計測不能なレベルで増大。……因果律の断絶を確認」


観測者の姿が、ノイズとなって霧散していく。

彼らは、予測された結果の中にしか存在できない。

自分たちの想定を遥かに超えた情動という名の非論理的な爆発を前にして、記録者たちの論理は、ただ崩壊するしかなかった。


光が収まり、再び白い静寂が訪れた。

だが、その白は、先ほどまでの冷徹な虚無とは違っていた。

ユウマが流した血の赤が、足元に確かに広がり、そこから意味という名の色が、波紋のように世界を侵食し始めていた。


「……ハァ、……ハァ、……っ」


ユウマは、その場に膝をついた。

右腕は、もはや指1本動かない。視界も、半分は真っ暗だ。

だが、彼は笑っていた。

誰にも決めさせない。誰にも記録させない。

自分たちの価値は、自分たちが、この泥だらけの手で掴み取ってきたものの中にしかない。


「……ねえ、……お兄ちゃん」


ルナが、ユウマの背中で、微かに笑った。

その輪郭は、まだ透き通っている。だが、彼女の瞳には、かつてないほど強い光が宿っていた。


「……今、……とっても……あったかいよ。……再接続なんてしなくても、……お兄ちゃんの……怒った顔が、……ちゃんと見えるの」


「……ああ。……お前の顔も、……ちゃんと見える。……お前は、……ここにいる。……誰が何と言おうと、……それは、……絶対に変わらない真実だ」


ユウマは、懐からあの赤い靴を取り出した。

集落で見つけた、泥だらけの靴。

彼はそれを、白い床の上に、1つ、置いた。


それだけで、十分だった。

壮大な実験の結果など、どうでもよかった。

この、汚れて、不器用で、欠陥だらけの靴が、ここに存在している。

その事実だけで、上位階層のすべての論理を、ユウマは打ち負かしていた。


7、未定義の明日へ

空の裂け目は、依然として開いたままだ。

だが、そこから漏れ出す光は、もうユウマたちを威圧することはなかった。

観測者たちは、この制御不能なバグを持て余し、その視線を、困惑と共に逸らし始めていた。


「……行こう、……ルナ」


ユウマは、震える足で立ち上がった。

折れた足が、コンクリートを叩くような鈍い音を立てる。


「……出口なんて、……どこにもないかもしれない。……このまま、……ずっと、……この白い中を、……歩き続けるだけかもしれない」


「うん。……でも、お兄ちゃんと一緒なら、……ルナ、退屈しないよ」


ルナは、ユウマの首に、ぎゅっと腕を回した。

その感触は、先ほどよりもずっと、確かな質量を持っていた。

ユウマが彼女を妹だと定義し続ける限り、この宇宙は、彼女を消去する権利を失うのだ。


ユウマは、1歩を踏み出した。

真っ白な虚無の上に、黒い泥の足跡が、力強く刻まれる。

それは、どんな全能の管理者が描いた設計図よりも、複雑で、美しく、そして自由な、新しい世界の地図だった。


「……不安定、上等だ。……俺たちが、俺たちの人生を……その都度、修正していってやるよ」


ユウマの言葉が、音を失った世界に、小さな、しかし消えることのない波紋となって広がっていった。


地平線の彼方。

真っ白だった空間の端に、微かな、本当に微かな、土の匂いが混じった風が吹いた。

それは、どこかで誰かが、再び自分たちの手で火を灯した証拠だった。

世界はまだ、壊れている。

だが、その壊れた世界こそが、彼らにとってのたった1つの本物だった。

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