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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生
新章 第四部「高次干渉編」

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第91話:観測者

1、白の極限


視覚という概念が、もはや無意味なものへと変わり果てていた。

どこまでも続く、暴力的なまでの純白。地面も空も、壁も天井も存在しない。あるのは、ユウマが自らの意志で強引に定義し続けている「床」という名のわずかな足場と、背中で震えるルナの体温だけだった。


ユウマの右腕は、もはや石炭のように黒く焼け、感覚を失っている。個人限定の全能化という、自分1人を守るための盾を限界まで逆流させ、上位階層の執行者である影をデバッグした代償は、彼の肉体を内側から粉々に砕こうとしていた。


「ハァ、……ハァ、……っ」


肺が焼ける。呼吸という行為そのものが、1つの過酷な重労働だった。ユウマは、鼻から溢れ出す赤い血を、震える左手で乱暴に拭った。彼の視界の端々には、いまだに世界の崩壊を示すノイズが走り、ルナの存在強度は4パーセントという、死の境界線を下回る数値で点滅を繰り返している。


「……お兄ちゃん、……もういいよ。……私を、……離して。……そうすれば、……お兄ちゃんは……助かる……」


背中から聞こえる、消え入りそうなルナの声。

ユウマは、その言葉を遮るように、彼女を背負う腕に力を込めた。


「……黙ってろ。……俺が、……お前を離すときは、……俺の定義が……この宇宙から消えるときだ。……それまでは、……1ビットだって……譲るつもりはない」


その時、周囲を埋め尽くしていた数百の影たちが、一斉に動きを止めた。

彼らはユウマを消去するために送り込まれた、システムの自動執行プログラムだ。本来なら、獲物が息絶えるまで攻撃を止めるはずのない冷徹な機械たちが、何かに怯えるように、あるいは敬意を表するように、静かに後退を始めた。


白い空間の密度が、急激に上昇する。

空の裂け目から、影とは比較にならないほどの巨大な「質量」を持った何かが、ゆっくりと降りてきた。


2、記録者の降臨


それは、光でも闇でもなかった。

3つの幾何学的な円環が、互いに異なる軸で回転し、その中心に1つの「巨大な目」を宿したような、異形のシルエット。その存在が放つ圧力は、これまでの物理的な暴力とは次元が違った。


ユウマが展開していた個人限定の全能化の壁が、触れられたわけでもないのに、音を立ててひび割れていく。

存在の重みが違う。

目の前にいるのは、世界の一部ではない。世界というシステムを外側から俯瞰し、その全工程を把握している「上位の意志」そのものだった。


「対象:ユウマ。……及び、イレギュラー個体:ルナ」


響いたのは声ではなかった。

それは、脳の論理回路に直接書き込まれる、絶対的な「事実」の伝達だった。


「……貴様が、……あいつらの親玉か」


ユウマは、震える足で立ち上がった。錆びついたスパナを強く握りしめ、自分を消去しようとする巨大な存在を睨みつける。


「……影を送り込み、……俺たちが積み上げてきた日常を……ゴミのように消去する。……それがお前たちの言う『管理』なのか」


「我々は管理は行わない。……我々が行うのは、……事象の収集と保存だ」


円環が静かに回転を止め、中心の目がユウマとルナを、冷徹にスキャンした。


「我々はこの世界の“記録者”。……この宇宙が始まった1秒目から、あなたが神の座を降りたあの日、そして泥を啜りながら今日を生きているこの瞬間まで。……すべての因果を、……1つの欠落もなく記録し続ける存在だ」


3、神を観測する側


「記録者……?」


ユウマの背後で、ルナが震える声で呟いた。彼女は、目の前の圧倒的な存在を、恐る恐る見上げた。


「……じゃあ、あなたたちは……神様……?」


その問いに対し、幾何学的な存在は、微かなノイズを放って否定した。


「違う。神を“観測していた側”だ」


その一言は、ユウマの脳内に雷鳴のような衝撃を与えた。


「我々にとって、あなたがかつて務めていた『管理者』という役割は、……1つの実験体に過ぎない。……世界という名の巨大な水槽に、……全能という名の栄養を注ぎ込み、……人間がどのような変容を遂げるかを記録するための、……観測サンプルだ」


使者の言葉が、白い空間に冷たく響き渡る。


「あなたが神として数百万の人々を救ったことも。……あなたがその責任に耐えかねて玉座を捨てたことも。……すべては我々の記録帳に綴られた、1つのエピソードに過ぎない。……そして今、……この実験場は寿命を迎えた。……記録を完結させるために、……未定義のバグであるあなたたちを、……回収する必要がある」


ユウマは、歯を食いしばった。

自分が、そしてこの世界の人々が、必死に生き、悩み、苦しんできた時間のすべてが、ただの「サンプル」として片付けられようとしている。

ガロのぶっきらぼうな感謝も、老婆が焼いてくれたパンの香ばしさも、ルナが流した涙も。

それらすべてが、彼らにとっては、記録が終われば消去してもいい、無意味な数値に過ぎないというのか。


「……ふざけるな。……ふざけるなよ、……記録者!!」


ユウマの咆哮が、純白の虚無を切り裂いた。

彼の右腕にある回路が、臨界点を超えて激しく明滅する。


「……俺たちの人生は、……お前たちの暇つぶしのための……データじゃない! ……俺たちが泥にまみれて掴み取ったこの一瞬は、……誰にも、……お前たちのような冷血な観測者にも……渡さない!!」


4、不確定な未来の価値


「感情的な反発。……予測されたパターンの1つです」


記録者は、動じることなく続けた。


「管理者、ユウマ。……あなたは自由を求めた。……0.1パーセントの誤差を愛した。……だが、その結果として世界はどうなりましたか? ……物理法則は崩壊し、……存在は消滅し、……今やあなた自身も、……そして守りたかった妹さえも、……消えようとしている。……これが、あなたの求めた『自由』の正体だ」


記録者が手をかざすと、ユウマの視界に、これまでの戦いのダイジェストが投影された。

自分が神を辞めたあの日から、どれほどの人間が混乱の中で命を落とし、どれほどの街が虚無に呑まれたか。

それは、あまりにも残酷な、ユウマの「罪」のリストだった。


「……責任を取れというのか」


「いいえ。……責任を負える段階は、既に過ぎています。……世界はもう、修復不可能です。……我々はただ、……最後に残された『特異点』であるあなたたちのデータを回収し、……このプログラムを終了させに来ただけだ。……無意味な抵抗をやめ、……記録の一部になりなさい。……そうすれば、……あなたの苦痛も、……妹の消失も、……すべては不滅のアーカイブとして、永遠に保存される」


「……消えるのと同じだ。……意志のないデータになるなんて、……死ぬことと何も変わらない!」


ユウマは、ルナを背負ったまま、錆びついたスパナを天に掲げた。

個人限定の全能化。

世界を変えることはできない。

だが、この1メートル以内の領域だけは、記録者であっても、神であっても、誰にも触れさせない。


「……ルナ、しっかり掴まってろ。……今から、……こいつらの『記録』を、めちゃくちゃにしてやる」


「……うん、お兄ちゃん。……私、……お兄ちゃんと一緒に、……世界をびっくりさせてやりたい!」


ルナの身体から、微かな、しかし温かい光が溢れ出した。

彼女の中に残された、バグとしての不安定なエネルギー。

それが、ユウマの全能化と共鳴し、白い空間に「虹色のノイズ」を走らせた。


5、観測の外へ


「……不整合を確認。……個体:ルナの波長が、……予測値を逸脱。……記録不能な領域への変容を開始……」


記録者の目が、初めて困惑したように揺れた。

ユウマとルナの「共鳴」は、システムが定めた「サンプル」としての枠組みを、内側から破壊し始めていた。


「……記録、……したければしろよ」


ユウマは、折れた足で地面を蹴った。

重力など存在しないはずの白い空間に、ユウマの足跡が、力強い衝撃波となって刻まれる。


「……だが、……俺たちの物語の結末だけは、……お前たちのペンには書かせない。……俺たちが、……俺たちの足で歩いて、……勝手に見つけ出す!!」


ユウマの突撃。

個人限定の全能化を、スパナの先端に、針の穴ほどの密度で収束させた。

広範囲を破壊するのではない。

記録者が維持している「絶対的な観測定義」に、1つの、消えることのない「汚れ」をつけるために。


「定義、……反転!! ……俺は、……ここから、……消えない!!」


スパナが、記録者の円環に激突した。

その瞬間、白い世界が、1000万色のノイズとなって爆発した。


6、記録されない戦い


スパナが幾何学的な円環を打ち砕いた瞬間、ユウマの視界は、過去、現在、未来のデータが混ざり合った、情報の濁流に呑み込まれた。

かつて彼が神として処理していた膨大なリソースが、今度は、牙を剥いた獣となって彼に襲いかかる。


「……っ、……ぁぁぁぁ!!」


脳が、100万ボルトの電圧をかけられたように焼き切れる。

だが、ユウマはルナの手を離さなかった。

彼女の小さな掌から伝わってくる、不規則な心拍。

それだけが、この情報の暴風雨の中で、ユウマを「人間」という形に繋ぎ止めていた。


「個体:ユウマ、……個体:ルナ。……観測対象の……ロストを確認。……データの……連続性が……遮断されました……」


記録者の、無機質な声にノイズが混じる。

彼らにとって、対象を「記録しきれない」ということは、存在の敗北と同義だった。

ユウマたちの意志は、上位階層の絶対的な論理を、根底からデバッグし始めていた。


「……ハァ、……ハァ、……!!」


ユウマは、ノイズの嵐を突き抜け、再び白い床(のような場所)に降り立った。

右腕は既に炭化し、感覚は完全に死んでいる。

それでも彼は、1パーセントの神性と、99パーセントの人間の誇りをかけて、記録者を睨みつけ続けた。


「……どうだ、……記録者。……今の、……お前の本には、……なんて書いてあるんだ?」


「……『未知』。……ただ、……それだけが、……空白のページに刻まれています」


記録者の幾何学的なシルエットが、少しずつ薄れていく。

彼らは、この世界の崩壊を止める存在ではない。

ただ、すべてを記録し、終わらせるだけの存在。

だが、記録できない対象を前にして、彼らの存在意義は急速に失われつつあった。


「……面白い。……管理者、……いや、……放浪者、ユウマ。……あなたは、……宇宙が始まったあの日から数えて、……たった1人、……我々の観測を……内側から拒絶したサンプルだ」


記録者の巨大な目が、最後の一瞥をユウマに投げた。


「……勝手にするがいい。……記録されない物語に、……価値などない。……だが、……あなたがその不自由な日常を死守しようとするならば、……我々はただ、……その結末が『虚無』に終わることを、……遠くから眺めているだけにしよう」


7、白い地獄に1人


記録者の姿が、白い霧の中に消えていった。

それと同時に、周囲を囲んでいた数百の影たちも、プログラムの実行を中断されたように、音もなく霧散した。


静寂。

さっきまでの嵐が嘘のような、不気味なまでの静寂。

ユウマは、その場に膝から崩れ落ちた。


「……ハァ、……ハァ、……っ、……ルナ、……大丈夫か」


「……うん、……お兄ちゃん。……私、……まだ、……ここに、……いるよ」


ルナの身体は、依然として半透明だ。

存在強度は3パーセント。

だが、彼女の瞳には、かつてないほど強い生命の光が宿っていた。

記録者に拒絶されたことで、彼女は逆に、システムに縛られない「真のバグ」へと進化したのかもしれない。


ユウマは、自分の左手を見つめた。

泥に汚れ、血に染まり、震えている。

全能を捨て、記録されるだけのサンプルになることを拒んだ。

その結果として残されたのは、崩壊を続ける世界と、いつ消えてもおかしくない自分の命だけ。


「……価値、……か。……そんなもの、……他人に決めさせるもんじゃない」


ユウマは、ルナを抱きかかえ、ゆっくりと立ち上がった。

周囲は、依然として真っ白な虚無だ。

出口も、帰り道も、どこにもない。


「……行くぞ、ルナ。……記録されないなら、……俺たちが、……俺たちの足で、……新しい地図を書いてやる」


ユウマは、1歩を踏み出した。

真っ白な虚無の上に、黒い泥の足跡が刻まれる。

それは、どんな全能の定義よりも力強く、新しい宇宙の理を、その場所に刻み込んでいた。


神でもなく、管理者でもなく、サンプルでもない。

ただの、妹を守り抜くと決めた、1人の不屈の男。

その歩みは、上位階層の目さえも届かない、未知の明日へと向かって続いていく。


地平線の彼方、空の裂け目からは、いまだに冷たい光が漏れ出している。

しかし、その光は、もうユウマを捕らえることはできない。

彼は今、この宇宙で最も不自由で、そして最も自由な、たった1人の「観測者」だった。

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