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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生
新章 第三部「孤独王国編」

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第84話:個人限定の使い方

ノイズの雨が止んだ後の集落は、不気味なほどに冷え切った空気に包まれていた。空の亀裂は依然として修復されず、時折そこから漏れ出す青白い情報の残滓が、遠くの森を無機質なグリッド状の立方体へと変貌させている。しかし、この「空白地帯」の住民たちにとって、空が割れていることよりも、今日の食糧をどう確保し、昨日の異常重力で壊れた家をどう直すかという現実の方が、遥かに切実な問題だった。


ユウマは、共同炊事場の横にある古びた納屋の陰で、自分の右腕を見つめていた。

皮膚の下を走る青白い回路は、昨夜の無理な出力の影響で、今も微かに熱を持って拍動している。右足の骨折はルナの「治癒(弱)」とユウマ自身の「固定」によって、激痛から鈍い不快感へと変わっていたが、それでも普通の人間なら、数週間は寝たきりになるレベルの負傷だ。


「……ハァ、ハァ、……。リソースを絞るんだ。世界全体じゃない、俺という一個体にだけ」


ユウマは一人、自分に言い聞かせるように呟いた。

彼の中に残された「全能化」の権限。

それはかつて世界そのものを書き換えていた力だが、今は「個人限定パーソナル・リミット」という極めて狭い範囲にまで制限されている。しかし、彼は気づき始めていた。全能の定義を「自分自身」だけに絞り込めば、理論上、この脆弱な肉体を「究極の道具」へと変貌させることができる。


1. 究極の「自己定義」

「兄様、また難しい顔してる。……あんまり無理しちゃダメだよ?」


背後から、ルナが心配そうに声をかけてきた。彼女の輪郭は、この数日の平穏でいくらか安定し、20パーセント前後の存在強度を保っている。それでも、時折彼女の身体が背景の壁と重なって見えるのは、この世界の物理法則がまだ「彼女を認めきれていない」証拠だった。


「大丈夫だ、ルナ。……俺は、この不自由な身体との付き合い方を、少しだけデバッグしてみようと思っているだけだ」


ユウマは立ち上がり、納屋の隅に置かれていた錆びついた鍬を手にした。

それは、かつて彼が神として、数百万のドローンを操って大地を耕していた頃とは比べ物にならないほど、重く、扱いにくい鉄の塊だった。


「……全能化、自己限定、開始」


ユウマの銀色の瞳が、一瞬だけ鋭い光を放つ。

彼は世界を改変しない。ただ、自分という存在のパラメータを、一時的に上書きする。


「定義。……俺の肉体の筋力上限を解除。細胞の酸素消費効率を300パーセントに固定。右足の痛覚をノイズとして処理。……そして、俺が握るこの道具を、俺の『一部』として再定義する」


脳内が焼け付くような熱に包まれる。

個人限定とはいえ、神の力を生身の脳で処理する負荷は凄まじい。

しかし、その代償として、ユウマの身体はこれまでの「ひ弱な青年」からは想像もつかないような、鋼のような芯の強さを帯び始めた。


2. 泥と汗の「奇跡」

集落の南側に広がる共同農地では、昨日の異常重力によって土壌が石のように硬化していた。

「……ダメだ、鍬が入らねえ。地盤そのものがバグってやがる」

昨日、ユウマに石を投げた若い男――ガロが、額に汗を浮かべて毒づいていた。


住民たちは、自分たちの手で生き抜こうと決意したものの、壊れた世界の物理法則に阻まれ、立ち往生していた。そこに、右足を引きずりながらも、どこか冷徹な雰囲気を持ったユウマが姿を現した。


「……そこ、代われ。俺がやる」


「あ? ユウマか。……あんた、その身体で何ができるってんだ。……昨日、死にかけてたじゃねえか」


ガロは呆れたように鼻で笑った。だが、ユウマの瞳に宿る、逃れようのない「確信」に押され、思わず鍬を手渡してしまった。


ユウマは、その不格好な鉄の道具を構えた。

彼の視界には、硬化した土壌の分子構造、最も力が通りやすい節理のライン、そして自分の筋肉が放つべき正確なベクトルが、幾何学的なラインとなって表示されていた。


「俺の身体能力だけ強化する。 ……無駄な事象改変はしない。ただの、『効率的な運動』だ」


ユウマが鍬を振り下ろした。

ドォォン!! という、農作業とは思えないような重低音が響いた。

次の瞬間、ガロたちが束になっても歯が立たなかった硬い地面が、まるで豆腐のように柔らかく掘り起こされ、豊かな黒い土が舞い上がった。


「……なっ!?」


ガロの目が点になる。

ユウマは表情一つ変えず、2歩、3歩と進みながら、機械のような正確さと驚異的な速度で大地を耕していく。

一振りのたびに、大地が息を吹き返す。

それは神が天から降らせた奇跡ではなく、一人の男が、泥にまみれながら物理法則の隙間を縫って放つ、究極の「力技」だった。


3. 復旧という名の贖罪

農地の耕作をあっという間に終わらせたユウマは、次に集落の入り口を塞いでいた巨大な瓦礫の撤去に向かった。

数トンはあるであろうコンクリートの塊。

これを動かすには、本来なら大型の重機が必要だ。だが、この「神も来ない場所」にそんなものはない。


住民たちが、ロープをかけて数人がかりで引っ張ろうとしていたが、瓦礫は一ミリも動かない。


「……どけ。ベクトルを集中させる」


ユウマは瓦礫の前に立ち、両手をついた。

彼の右腕の回路が、バチバチと音を立てて発光する。


「定義。……俺の肉体の摩擦係数を最大化。支持基盤となる大地の反力を、俺の足裏に集中。……持ち上げるのではない。俺という『不動の点』を基準に、この空間の配置をズラす」


ユウマが腰を落とし、力を込めた。

彼の足元のアスファルトが、その圧力に耐えきれず粉々に砕け散る。

だが、次の瞬間。

びくともしなかった数トンのコンクリートが、ズ、ズズ……と音を立てて動き出し、やがて軽々と横へと押し退けられた。


「……おいおい、マジかよ……」

「……あんなに細い腕で、あんな化け物みたいな真似……」


住民たちは、もはや畏怖を通り越して、呆然とユウマの作業を見守るしかなかった。

彼は、自分たちが数日かけても終わらないと思っていた復旧作業を、たった数時間で、たった一人で、淡々とこなしていく。


作業を終えたユウマは、大量の汗を流し、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返していた。

個人限定の全能化は、精神への負担が重い。

彼の鼻からは、また熱い血が滴り落ちていた。


ガロが、水を入れた桶を持って、おずおずとユウマに近づいてきた。


「……あんた、……普通に役立ってるな」


その言葉は、ぶっきらぼうだったが、確かな敬意が含まれていた。

ガロは桶をユウマに差し出し、少し照れくさそうに視線を逸らした。


「神様だのなんだのって言われてた時は、正直、気色悪くて信じられなかった。……でも、目の前で泥まみれになって、俺らと一緒に働いてるあんたは、……まあ、悪くねえエンジニアだよ」


ユウマは受け取った水を一気に飲み干した。

喉を通る冷たさが、焼け付くような脳の熱を静めてくれる。


「……エンジニア、か。……いい響きだな。……管理するだけが、世界の救い方じゃないってことを、俺もようやく学んだところだ」


4. ルナの支えと、新しい法則

夕暮れ時。

集落の復旧は劇的に進んでいた。

ユウマが定義した「効率的な労働」は、他の住民たちにも良い影響を与えていた。彼が示した「直すべき場所」と「力の入れ方」を模倣することで、住民たちは崩壊した現実の中でも、自分たちの手で秩序を取り戻せることを実感し始めていたのだ。


「お兄ちゃん、お疲れ様。……はい、タオル」


ルナが駆け寄り、ユウマの泥だらけの顔を拭う。

彼女は一日中、集落の子供たちに読み書きを教えたり、病人たちの世話をしたりしていた。彼女の「治癒(弱)」は、ユウマのような無茶な使い方はできないが、人々のささやかな怪我や不安を和らげるには、十分な「奇跡」だった。


「ルナ。……お前の方こそ、大丈夫か? 存在強度は……」


「大丈夫。……みんなが『ルナちゃん、ありがとう』って言ってくれるたびに、なんだか自分が、しっかりした形になっていく感じがするの。……お兄ちゃんの全能化じゃなくて、みんなの『観測』が、私をこの世界に繋ぎ止めてくれてるみたい」


ルナは、嬉しそうに微笑んだ。

それは、ユウマにとって衝撃的な発見だった。

全能の力で守るのではなく、人間たちの日常の中に溶け込むことで、存在を固定する。

それは、神のシステムさえも想定していなかった、新しい「世界のあり方」かもしれない。


「……そうか。……なら、俺の自己限定も、あながち間違いじゃなかったってことだな」


ユウマは、焚き火の明かりに照らされた集落を見渡した。

空の亀裂はまだ閉じない。

世界の崩壊も止まっていない。

だが、この「小さな王国」の中では、神の計算式を超えた、泥臭くも力強い生命の拍動が鳴り響いていた。


「……明日も、やるぞ、ルナ。……次は、あっちの壊れた水路のデバッグだ」


「うん! 明日は私も、もっとお手伝いするからね!」


二人は、泥にまみれた手を繋ぎ、自分たちが勝ち取った「不自由な幸福」を噛み締めていた。

個人限定の全能化。

それは世界を支配する力ではなく、一人の人間として、愛する人のために汗を流し、今日という日を全力で生き抜くための、誇り高き「人間の力」へと再定義されていた。


地平線の彼方、再建政府の捜索の灯火が、霧の向こうで執拗に揺れている。

だが、今のユウマはそれを恐れてはいなかった。

この泥の地面を踏みしめる1歩がある限り、彼はどこまでも「人間」として、世界を直し続ける覚悟ができていた。

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