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「ゴミを良くする能力」と笑われたEランクの俺、無限強化で神を超え、光の勇者を踏み潰します  作者: 限界まで足掻いた人生/大場 雷怒
新章 第三部「孤独王国編」

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第82話:責任

空に走った亀裂は、修復される気配を見せないどころか、1秒ごとにその不気味なエッジを鋭くさせていた。


白銀の霧に包まれた集落、その静寂は完全に打ち砕かれた。井戸の水が逆流し、家畜が空中に放り出された物理バグの余波は、村人たちの心に「未知の恐怖」という名の猛毒を流し込んでいた。彼らにとって、この集落は世界の不条理から逃れてきた最後の手付かずの聖域だったはずだ。それが、たった1人の流れ者の出現と共に崩壊を始めた。


ユウマは、泥だらけの地面に這いつくばるようにして、激しく咳き込んだ。右腕の全能化回路は過負荷で焼けつくような熱を放ち、裂けた皮膚からは青白い光と共に、本物の人間の赤い血が混じって滴り落ちている。


「……ハァ、ハァ、……っ、ルナ、……こっちへ」


震える手で、背後に怯えるルナを引き寄せる。彼女の身体は、空の亀裂と呼応するように激しく明滅していた。存在強度が15パーセントを切ろうとしている。ユウマが今、自らの全定義リソースを振り絞って彼女を観測していなければ、彼女はこの瞬間にでも未定義の虚無へと吸い込まれて消えてしまうだろう。


1. 牙を剥く群衆

「……おい。今の、見たか」


沈黙を破ったのは、集落でも血気が盛んな若い男の一人だった。彼は手に持っていた補修用の木材を、武器のように握り直した。


「空があんなふうになったのは、あいつが何かしたからだ。あいつが手をかざした瞬間、水が落ちて、代わりに空が割れた。……俺たちは見たんだぞ」


その言葉をきっかけに、周囲を取り囲んでいた村人たちの間に、波紋のようなざわめきが広がった。先ほどまでユウマを「恩人」や「不思議な力を持つ若者」として見ていた彼らの瞳は、今や、自分たちの平穏を壊した「災厄の元凶」を射抜くような、鋭く攻撃的な光に変わっていた。


「待ってください! 兄様は、みんなを助けようとして……!」


ルナが必死に叫ぶが、その声はパニックに陥った群衆の耳には届かない。


「助ける? 冗談じゃねえ。……再建政府が言ってた『大罪人』ってのは、あんたのことなんだろ? 神様として世界を管理してたのに、飽きたからって勝手に辞めて、世界をゴミ箱に捨てた……。あの指名手配の似顔絵、泥がついてるが、よく見ればあんたそのものじゃねえか!」


一人の女性が、震える指でユウマを指さした。

その手には、以前どこかから拾ってきたのであろう、雨に濡れてふやけた政府の広報紙が握られていた。


「そうだ! あんたが神様を続けていれば、空が割れることも、食べ物がなくなることもなかったんだ! なのに、自分だけ逃げ出して、こんな場所に隠れ住んで……。あんたがここに来たせいで、システムの目がこの集落に向いちまったんだ!」


「元はお前のせいだろ! この世界の崩壊も、俺たちの不幸も、全部あんたが『責任』を放り出したからなんだ!」


怒声が、雨音を突き抜けてユウマに浴びせられる。

それは、かつて数百万の民衆が彼に注いでいた「信仰」という名の依存が、裏返って牙を剥いた姿だった。

神でいる間は、すべてを肩代わりしてくれた。

神を辞めた瞬間、すべての不幸の責任を負わされる。

あまりにも身勝手で、しかし、あまりにも人間らしい論理だった。


2. 肯定の沈黙

ユウマは、泥にまみれた顔をゆっくりと上げた。

銀色の瞳は、かつての神としての冷徹さを失い、今はただ、深い疲労と諦念を湛えた一人の青年のものだった。


彼は、自分に向けられた殺気と憎悪を、避けることなく正面から受け止めた。

逃げることも、弁明することもできた。

彼らの知能レベルを嘲笑い、自分がいなければ今頃全員が虚無に消えていたと、論理的に論破することも容易だった。


だが、ユウマはそうしなかった。


「……否定はしない。」


ユウマの声は、静かだった。しかし、その一言は集落の広場に冷たく響き渡り、騒ぎ立てる群衆を黙らせるだけの質量を持っていた。


「……この空の亀裂も、物理定数の崩壊も。……元を辿れば、すべて俺の選択の結果だ。……俺が管理者権限を放棄し、世界を再起動させたとき、この世界を維持するための補正プログラムは消滅した。……今の世界が、壊れた時計のように1秒ごとに瓦解しているのは、……間違いなく、俺の責任だ」


ユウマは、右腕の火傷を庇うように、自分を抱き締めた。


「お前たちが俺を恨むのは、正しい。……俺は、お前たちから『管理された幸福』を奪い、代わりに『崩壊する自由』を押し付けたんだからな。……謝って済むことじゃないのは、分かっている」


「兄様……」


ルナが、ユウマのシャツの袖をきつく握りしめる。

ユウマは、震えるルナの手を優しく払い、一歩、村人たちの方へと踏み出した。

折れた右足が泥を掴み、鋭い痛みが脳を走る。

その痛みさえも、彼にとっては「人間として負うべき責任」の対価のように感じられた。


「……俺を殺したければ、殺せ。……それでこの空が直るなら、俺は喜んでその座標から消えてやるよ。……だが、俺を消しても、亀裂は閉じないぞ。……システムの観測は、もうこの集落を捉えてしまったんだからな」


3. 剥き出しの悪意

村人たちは、ユウマのあまりにも潔い肯定に、一瞬だけ言葉を失った。

だが、一度火がついた「生贄を求める本能」は、そう簡単には消えない。

恐怖という名のエンジンが、彼らをさらなる攻撃へと突き動かす。


「……殺したって気が済まねえよ。……あんたを差し出せば、政府は俺たちを見逃してくれるかもしれないな。……50年分の食料と、再建都市の永住権だ。……あんたという『部品』を返せば、俺たちは助かるんだ!」


一人の男が、手に持っていた石をユウマに向かって投げつけた。

石はユウマの額を掠め、赤い血が目元を伝って流れ落ちる。

個人限定の全能化を使えば、その石を空中で停止させることも、粉砕することもできた。

だが、ユウマはあえて、その干渉を行わなかった。


「……ハッ、……そうか。……効率的な考えだな。……デバッガーとして、……100点をやりたいくらいだ」


ユウマは血を拭いもせず、薄く笑った。

その笑みは、自嘲と、そして人間への深い絶望を孕んでいた。

自由を。0.1パーセントの誤差を。

それを守るためにすべてを捨てた自分を、当の人間たちが「部品」として売ろうとしている。


「やめて! お願いだから、やめてよ!」


ルナが前に飛び出した。

彼女の細い腕が、ユウマを守るように広げられる。

その身体は今や、背後の家並みが完全に見えるほどに透き通っていた。

彼女の「定義」が、人々の悪意という負の観測によって、急速に削り取られているのだ。


「ルナ、下がれ! お前まで消えてしまう!」


「嫌だよ! お兄ちゃんを悪く言わないで! お兄ちゃんは、……お兄ちゃんは、私のために、世界を敵に回してくれたんだよ! ……みんなを救わなかったかもしれないけど、私にとっては、世界でたった一人の……優しいお兄ちゃんなんだよ!」


ルナの叫びが、雨に濡れた広場に響き渡った。

その必死な姿に、石を振り上げていた村人たちの動きが、わずかに止まった。


4. 責任の果たし方

その時、再び空が鳴った。

先ほどよりも遥かに巨大な、大地を揺るがすような轟音。

空の亀裂から、青白い情報の奔流が、滝のように集落へと降り注ぎ始めた。


「……っ、……最悪のタイミングだな」


ユウマは、ルナを抱きしめ、天を仰いだ。

降り注いでいるのは、実体を持たない「未定義の概念」だ。

それが触れた場所は、物理的な法則を失い、1文字のデータさえ残さず消滅する。

集落の端にある納屋が、その光に触れた瞬間、音もなく虚空へと消えた。


「う、うわああああ! 家が消えた! 助けてくれ、ユウマ様! あんた神様なんだろ!? なんとかしてくれよ!!」


さっきまでユウマを人殺しのように罵っていた男が、今度はその足元に縋り付いてきた。

究極の身勝手。究極の依存。

だが、ユウマはそれを見捨てることができなかった。


「……ルナ。……俺の目を見てろ。……絶対に、逸らすな」


「……兄様、何をするつもり?」


「……責任、だ。……俺がこの世界を壊したというなら、……俺が終わるその瞬間まで、俺の目の前にあるものだけは、……何が何でも守り抜いてやる」


ユウマは、右腕の全能化回路を最大出力で解放した。

皮膚が弾け飛び、骨が軋む。

彼は自分という個体の「定義」を、文字通り無理やり引き伸ばし、集落全体を包み込むような巨大な「傘」として再定義し始めた。


「……俺の領域テリトリーから、……一歩も出るな! ……この範囲にあるものは、……たとえ世界の理が崩れようとも、……俺が『存在しろ』と命令し続ける限り、消えさせはしない!!」


ユウマの銀色の瞳が、眩いばかりの光を放つ。

頭上に降り注ぐ消滅の奔流。

それが、ユウマが展開した目に見えない「意志の壁」に衝突し、激しい火花を散らして弾け飛ぶ。

村人たちは、その光景に息を呑んだ。

自分たちを売り払おうとした男が、血を流し、肉を焦がしながら、自分たちを消滅から守っている。


5. 壊れた王の孤独

ユウマの脳内では、1秒間に数10億回の演算が行われていた。

崩れゆく物理法則を、1つずつ手作業で「正常」に固定していく。

重力、質量、体積、存在。

その膨大なデータのすべてを、彼は生身の脳で処理し続けていた。


「……あ、……が……ぁ……」


鼻から、耳から、目から、赤い血が溢れ出す。

個人限定の全能化。

それを空間全体に拡張するという行為は、本来、人間が耐えられるものではない。

彼の神経系は今、100万ボルトの電流を流された導線のように、内側から焼け落ちようとしていた。


「お兄ちゃん! もういいよ、もうやめて! お兄ちゃんが壊れちゃうよ!!」


ルナの声が、遠くで聞こえる。

ユウマは、意識が朦朧とする中で、ただ一つのことだけを考えていた。


(……俺は……どこまでが人間だ……?)


神であった頃、彼は誰の血も見ることなく世界を救っていた。

人間になった今、彼は自分の血をすべて使い果たしても、たった数十人の人間を救うのが精一杯だ。


(……でも……こっちの方が……ずっとマシだ)


泥の匂い。雨の冷たさ。村人たちの震える呼吸。

そして、自分の背中に触れている、ルナの温かい手の感触。

それらすべてが、彼にとっては「守るに値する責任」だった。


「……俺は……死なない。……俺が……俺である限り……ここは……終わらせない……」


ユウマの咆哮が、嵐の中に響き渡った。

空の亀裂を押し返すように、彼の青白い光が空を染め上げる。

それは神の全能ではなく、一人の「責任」を背負った男の、意地の一撃だった。


光が収まり、消滅の奔流が一時的に止んだとき。

ユウマは、泥の中にうつ伏せに倒れ込んだ。

右腕はどす黒く焼け、もはや指一本動かす力も残っていない。


広場には、再び沈黙が訪れた。

石を投げた男も、彼を罵った女性も、今はただ、泥まみれで動かなくなった「元・神」の背中を、言葉もなく見つめていた。


「……助かったのか……? 俺たちは……」


「……ユウマさんが、……止めてくれたのか……」


村人たちは、おずおずと彼に近づこうとした。

だが、その前にルナが彼を抱きしめ、村人たちを激しく睨みつけた。

その瞳には、もう「依存」を許さない、一人の少女の強い意志が宿っていた。


「……触らないで。……兄様は、神様なんかじゃない。……ただの、私の大切なお兄ちゃんなんだから」


ユウマは、意識の混濁の中で、泥の味を感じていた。

神としての完璧な沈黙ではなく、不快で、苦くて、しかし確かな現実の味。

彼は、自分の犯した罪を、今、この痛みで贖っていることを実感していた。


「……責任、……か。……重いな、……ルナ」


「……うん。……でも、私が一緒に持ってあげるから。……ずっと、ずっとね」


雨は、静かに降り続いていた。

壊れた世界の中で、一人の男が負った「責任」という名の傷跡が、泥だらけの大地に深く、強く、刻み込まれていた。

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