第43話:塵芥の都と、反逆の種子
1. 掃き溜めの都
Aランク冒険者の追撃を振り切り、蓮たちが辿り着いたのは、地図にすら「汚染区域」として記されるだけの場所、廃棄都市ゼオルだった。
巨大な峡谷の底、古代の遺跡の上にへばりつくようにして、スラムの違法建築が無数に積み重なっている。空は常に工場排煙のような紫色の魔力スモッグに覆われ、太陽の光は届かない。
街に入った瞬間、鼻を突いたのは、腐った水と、濃密な絶望の匂いだった。
「……酷い場所ですね」
フィーネが口元を覆い、眉をひそめる。
路地裏には、手足を失った者、奇病に侵されて肌が変色した者、そして瞳から光を失った子供たちが溢れていた。
彼らは一様に、首筋や手の甲に『廃棄指定』という焼印を押されていた。
「ここが、この世界の『ゴミ箱』か」
蓮は、自分と同じEランクや、スキルを持たない「無能」と判定された人々が、家畜以下の扱いを受けて捨てられている光景を目の当たりにした。
かつての自分がそうであったように、ここでは「弱さ」は罪であり、搾取されるだけの存在だった。
2. 人間濾過装置
「蓮様、あれを見てください」
リサが指差した先には、泥濘の道を、豪奢な純白の法衣を纏った聖教会の司祭たちが、数人の重装騎士を連れて歩いていた。
彼らは、道端で咳き込んでいる老婆を、まるで汚物でも見るような目で見下ろし、騎士に命じて蹴り飛ばさせた。
「邪魔だ。神聖な巡回路を汚すな、生産性のないゴミめ」
老婆は泥の中に転がり、動かなくなった。だが、周囲の誰も助けようとはしない。諦めと恐怖が支配していた。
その光景を見て、元聖騎士であるセラフィナが、ギリと奥歯を噛み締めた。
「……これが、王国の繁栄の真実です」
セラフィナは、悔しげに、そして自嘲するように語り始めた。
「王都や貴族街に流れる『清浄な魔力』は、自然に湧いているものではありません。この都市のような最下層に、汚染された魔力を流し込み、ここに住む『低ランクの人間』の身体を通して濾過させているのです」
「濾過……だと?」
蓮の声が低くなる。
「はい。彼らは人間ではなく、使い捨ての『生体フィルター』です。汚染魔力を吸い続けた彼らは、数年で身体が腐り落ちて死にます。死ねば、また新しい『ゴミ』が補充される。そうやって、上の世界の煌びやかな生活は維持されているのです」
蓮の中に、剣崎に向けたものとは質が違う、氷のように冷たく、しかし巨大な怒りが湧き上がった。
剣崎一人が腐っていたのではない。
「能力値」ですべてが決まり、持たざる者を平然と踏み潰して「正義」や「神」を語る。この世界のシステムそのものが、根元から腐りきっているのだ。
3. 泥の中の瞳
「お兄ちゃんたち、強そうだね」
ふと、瓦礫の山から一人の少年が顔を出した。
ボロボロの布を纏い、片足がなく、木の枝で作った松葉杖をついている。痩せこけて目がぎらついた少年だった。
「何か食べるもの、ない? 僕のスキル『泥遊び』じゃ、何も作れなくて……」
『泥遊び』。戦闘にも生産にも役に立たない、典型的なハズレスキルだ。
蓮は、その少年の瞳に、かつての自分を見た。Eランクの「ゴミ」と嘲笑われ、誰からも必要とされなかった自分を。
蓮は、懐から保存食の干し肉を取り出し、少年に渡した。
「……名前は?」
「カイル。……ありがとう、お兄ちゃん」
カイルが干し肉を受け取り、必死に齧り付こうとしたその時だった。
巡回していた教会の騎士の一人が、下卑た笑いを浮かべて近づいてきた。
「おいおい、廃棄物に餌をやるなよ。そいつらは間引き対象だ。魔力の濾過効率が落ちた不良品にな」
騎士がカイルの手から干し肉を叩き落とし、さらに泥のついた鉄靴で、カイルの細い腕を踏みつけた。
「痛いっ! やめて!」
「神の恩恵を無駄にするな。ゴミはゴミらしく、土でも食ってろ」
騎士が腰の剣を抜き、カイルの首を刎ねようと振り上げた瞬間。
ドスッ、という鈍く重い音が響いた。
騎士の身体が、横合いから砲弾のように吹き飛ばされ、瓦礫の山に激突して崩れ落ちた。
蹴り飛ばしたのは、片腕の蓮だった。
「あ……?」
瓦礫に埋もれた騎士が、何が起きたのか分からず呻く。
蓮は、踏みつけられた干し肉を拾い上げ、泥を払ってカイルに手渡した。
「食べな。それは君のものだ」
そして、騎士たちに向き直り、静かに告げた。
「お前たちがゴミだ。神の名を借りて、弱者をいたぶるしか能がない、リサイクル不可能な粗大ゴミだ」
4. 反逆の狼煙
「き、貴様ら! 教会に逆らってタダで済むと……! 我々は聖堂騎士団だぞ!」
取り巻きの騎士たちが一斉に剣を抜く。
「黙りなさい」
セラフィナが抜剣し、殺気を放つだけで騎士たちの動きが止まった。リサが音もなく背後に回り込み、フィーネがカイルを抱き寄せて守る。
蓮は、怯えるカイルの頭を撫でながら、確信を持って仲間に言った。
「決めたよ。僕は、ただユリアを助けて逃げ回るだけじゃ足りない」
蓮は、この腐敗した街と、空を覆う紫色のスモッグを見上げた。
「こんな腐った世界に、僕たちの居場所なんてどこにもない。逃げても、どこかでまた『ゴミ』扱いされるだけだ」
蓮の瞳に宿ったのは、復讐者の炎ではなく、革命者の冷徹な光だった。
「だったら……僕たちが『ゴミ』とされたものを集めて、世界で一番『良い国』を作る」
「国を……ですか?」
セラフィナが目を見開く。
「そうだ。王国が捨てた『ゴミ』を、僕の能力で全て『宝』に変える。人間も、物も、土地もだ」
蓮は、騎士たちを見下ろした。
「まずは、僕の右腕だ。カイル、この街の地下には、古代の廃棄場があるはずだな?」
カイルがおずおずと頷く。
「う、うん。誰も近づかない、化け物が出る場所だけど……」
「上等だ。そこに眠る『最強のゴミ』を頂きに行く」




