第42話:冷たい雨と、再起への渇望
1. 片腕の死角
馬車が街道を外れ、岩場に差し掛かった時だった。
突如として爆音が響き、馬車が横転した。
「敵襲!」
セラフィナの叫びと共に、蓮たちは車外へと放り出された。待ち伏せていたのは、手配書を見たAランク冒険者のパーティだった。
「へっ、女連れの片腕野郎が魔王候補だと? 笑わせるな!」
大剣を持った男が蓮に襲いかかる。
蓮は反射的に迎撃しようとした。だが、左手で木の枝を構えた瞬間、身体のバランスが崩れた。右腕がないことによる重心のズレ。そして、魔力放出の照準が定まらない。
(しまっ……!)
蓮が放った『重圧の概念』は、敵の足元を大きく外し、ただ地面をへこませただけだった。
「隙だらけだぜ!」
大剣が蓮の首を狙う。
「蓮様!」
リサが強引に割り込み、短剣で大剣を受け止めた。しかし、重量差がありすぎて吹き飛ばされる。セラフィナがカバーに入り、何とか敵を退けたが、その頬には鋭い切り傷が刻まれていた。
戦闘は泥沼化した。
かつてなら一瞬で制圧できた相手に、今の蓮たちは防戦一方だった。蓮が機能しないことで、セラフィナとリサ、フィーネの負担が激増していたのだ。
辛うじて敵を撤退させた時には、全員が満身創痍で、荒い息を吐いていた。
2. 逃避の終わり
雨が降り始めた。
冷たい雨が、蓮たちの身体についた泥と、昨夜の情事の残り香を洗い流していく。
蓮は、濡れた地面に座り込み、自身の欠損した右肩を強く掴んでいた。
「……何をやっているんだ、僕は」
その声は震えていた。
「快楽に溺れて、傷を舐め合って……。その結果がこれか。リサに怪我をさせ、セラフィナの顔に傷をつけ……僕は、ただの足手まといじゃないか」
蓮の自己嫌悪に、三人の女性たちもハッとしたように顔を上げた。
セラフィナが、自身の剣についた血を拭いながら、沈痛な面持ちで口を開いた。
「いいえ、蓮様。悪いのは私たちです。貴方の心の隙間に付け込んで、騎士としての責務から逃げていたのは私です。貴方を守ると誓っておきながら、貴方に寄りかかることで、恐怖を忘れようとしていた」
リサも、自身の獣耳を力なく垂れた。
「私も……。蓮様と繋がっている時だけは、追われる怖さを忘れられたから。でも、それじゃダメなんだ。このままじゃ、本当に死んじゃう」
フィーネは、静かに蓮の背中に手を添えたが、そこには甘えの色はなく、治癒師としての真剣な眼差しがあった。
「身体の傷は治せても、心の弱さは魔法では治せません。私たちは、少し『安寧』に甘え過ぎていました」
3. 再起の誓い
蓮は立ち上がった。雨水が頬を伝い、涙のように落ちる。
彼は、残った左手を三人に向かって突き出した。
「もう、逃げるのは終わりだ。夜ごとの慰め合いで、現実から目を背けるのはやめる」
蓮の瞳に、鋭い光が戻ってきた。それは復讐の炎ではなく、生き残るための冷徹な知性の光だった。
「ユリアは今も、あの冷たい狭間の中で待っている。僕たちが温もりに溺れている間も、彼女はたった一人で戦っているんだ」
セラフィナが、蓮の左手を両手で包み込んだ。今度は情欲ではなく、騎士の誓いとして。
「その通りです。私たちは『世界の敵』。半端な覚悟では生き残れません。私の剣は、再び貴方の敵を断つために研ぎ澄ませます」
リサがその上に手を重ねた。
「私も。もっと速くなる。誰にも蓮様に指一本触れさせないくらいに」
フィーネも続いた。
「私の治癒は、貴方たちが何度倒れても立ち上がらせるために使います」
四人の手が重なり合った。
そこにあったのは、もたれ合うような依存関係ではなく、背中を預け合う戦友としての強固な結束だった。
4. 欠落を埋める決意
雨が上がり、雲間から光が差す。
蓮は、自分の右肩の空虚な空間を見つめた。
「今のままじゃ、僕は戦えない。バランスも、魔力制御も、全てが不完全だ」
彼は、視線を街道の脇に転がっていた、冒険者たちが残していった壊れた武具や、古代の瓦礫に向けた。
「無いなら、作ればいい」
蓮の脳裏に、ある狂気的なアイデアが閃いた。
この『ゴミを良くする』能力で、ただの義手ではない、神すら掴み殺す『概念武装』を作り出す。
「行くぞ。廃都の地下には、旧文明の廃棄場があるはずだ。そこが僕の……新しい腕の材料庫だ」
蓮たちは馬車を捨て、自らの足で歩き出した。




