第34話：捕縛と概念の種火
1. 剣崎の陣営への連行
純粋な『移動』の概念に特化した術式によって仲間を転移させた直後、蓮は意識を失い、荒野に倒れ伏した。
周囲の異常な重圧は消え、残されたのは、右腕の激痛と、魔力枯渇による全身の衰弱、そして、仲間を救えなかった屈辱の残滓だけだった。
「ちくしょう、逃がしやがった！だが、本体は残ったぞ！」
剣崎恭吾の激昂した声が響き渡る。重傷を負いながらも動ける部下たちが、倒れた蓮のもとに駆け寄った。彼らは、先ほどの重圧で受けた恐怖と怒りを、抵抗できない獲物に向ける。
「てめえのおかげで、俺の面子は丸潰れだ。ここでたっぷり苦しめ！」
部下たちは容赦なく蓮の全身を拘束用の硬質なワイヤーで締め上げ、特に魔力を行使した左手は幾重にも縛られた。蓮の右腕は、激痛の記憶を残したまま力なく垂れ下がっている。血を吐き、痙攣する蓮は、獣を運ぶように乱暴に背負い上げられ、剣崎が拠点とする簡素な野営地へと連行された。
野営地の中央に投げ出された蓮を見下ろし、剣崎は狂気の笑みを浮かべた。
「このEランクのゴミに、治癒師をつけろ！回復させろ。意識がなければ、俺の『屈辱の概念』も効かん。生かしておけ！これから、たっぷりとお前の『精神の概念』を砕いてやる」
2. 意識下の『概念の観測』
蓮の肉体は拘束され、治癒師の部下によって右腕の骨折や内臓の損傷は治されたものの、魔力の枯渇と精神の疲弊は根深い。
しかし、肉体の痛みが一時的に引いたことで、彼の『強化された知性』は、朦朧とした意識の深淵で活動を再開した。
（動けない。この拘束……。魔力の流れも、完全に封じられている……）
蓮は、肉体の感覚を遮断し、純粋な**『観測の概念』へと意識を集中させた。彼は、自分の傍に立つ剣崎恭吾の魔力の流れ、そして彼が誇る『絶対防御』**の概念構造を解析し始めた。
剣崎は、蓮が目を覚ますのを待ちわびるように、蓮の近くで部下たちに命令を下したり、剣を手入れしたりしている。その全てが、蓮の『知性の概念』にとって、解析のための貴重なデータとなった。
（剣崎の『絶対防御』は、『物理的な衝撃』と『概念的な攻撃』の両方に対して、一定の負荷を無効化する。彼の防御を貫通するためには、僕の『概念の定義』に一切のブレがあってはならない……）
3. 『概念の閾値』の特定と復讐の種火
蓮の意識は、剣崎の防御の核を掴みにかかった。
彼の『絶対防御』は、確かに強固だ。しかし、蓮の【全能化】の出力が最大限に発揮され、かつ『概念の定義』に一切のブレがない、純粋な一撃であれば、この防御は必ず打ち砕ける。蓮の目標は、その純粋な一撃を放つための『精神の安定』と、防御の限界、すなわち**『概念の閾値』**の特定に絞られた。
彼の『強化された知性』は、瞬時に必要な魔力と概念の精度を逆算した。それは、剣崎の防御の概念が耐えられる最大の耐久度を、蓮自身の概念定義の完璧さで打ち破ること。感情に支配され精度が落ちれば、その攻撃はただの無駄な魔力消費に終わる。完全な冷静さこそが、剣崎を打ち破る唯一の鍵だと彼は結論付けた。
この冷徹な解析により、蓮は、自身がこの屈辱的な状況で何をすべきかという、確固たる**『復讐の概念の種火』**を確立した。
（剣崎恭吾。お前の『絶対防御』は、僕の『知性の概念』と『存在の概念』によって、必ず打ち砕く。そのために、僕はここで、お前の全ての魔力の流れ、全てのスキルの定義を、徹底的に観測する）
4. 覚醒と宣戦布告
やがて、肉体の回復と、意識下の『概念の解析』が一段落したことで、蓮はゆっくりと覚醒した。
拘束されたままの彼は、その瞳に、燃えるような憎悪と、氷のような冷徹な決意を宿していた。
剣崎は、蓮が目覚めたことに気づくと、喜びの声を上げた。
「ハハッ！やっと目を覚ましたか、神崎蓮。お前がそのゴミのような力で仲間を逃がしたことは、お前自身が俺の最高の玩具になるという、最高の『代償』になったぞ」
剣崎は、片膝をついて蓮の顔を覗き込み、囁くように言った。
「安心しろ。お前の仲間にしたかったことは、まずお前自身にしてやる。お前はもう、ただのEランクのゴミだ。抵抗する力もない。絶望しろ。泣き叫べ」
蓮は、唾液に混じった血を吐き出し、剣崎を真っ直ぐに見据えて、か細いながらも明確な声で言った。
「剣崎恭吾……。お前の『絶対防御』の概念の定義は、既に僕の頭の中にある。お前の『屈辱の概念』は、僕の『復讐の概念』を完成させるための、『観測データ』に過ぎない」
その言葉は、拘束されたEランクの少年が出す言葉としてはあまりにも冷徹で、剣崎の狂喜の笑みを一瞬で凍りつかせた。
