第169話:境界世界の残響、あるいは神の植民地
1. 狭間の世界「ミディアム」
蓮たちが送り込まれたのは、無の世界ではなく、異様な熱気と魔力が渦巻く「境界世界ミディアム」であった。そこは神の純潔さと人間の不浄さが混ざり合った、神と人間の中間体たちが蠢く多層領域だ。
空には常に不気味な紫色の月が浮かび、大地からは結晶化した魔力が牙のように突き出している。
「……ここが、私たちの修行場だというのですか」
ユリアが剣を杖代わりにして立ち上がる。呼吸をするだけで、肺の奥が焼けるような高密度のエーテルに侵食される感覚があった。
「ここは神々が失敗作として捨てたゴミ溜め、あるいは実験場だ。だが、今の貴様らには丁度いい重しになる」
傲慢は周囲を鋭く見渡し、敵対的な気配を察知する。岩陰からは、人の形を保ちながらも背中に神の光輪を模した歪な角を持つ「中間体」たちが、獲物を狙う獣のような瞳でこちらを見ていた。
2. 神の占領計画
「あはは! 気に入ってくれたかな? ここは僕たちが管理する、とっても素敵な『農園』なんだよ」
空中に座る少女の姿をしたファンタズムが、楽しげに足を揺らす。
「ここに住む子たちは、君たちよりちょっとだけ神様に近い。でも、まだまだ洗練されていなくてね。君たちには、ここで数年……いや、数十年かけて、彼らと殺し合ってもらうよ」
ファンタズムは蓮の耳元で、悪魔のような囁きを残す。
「君たちが彼らを統治し、磨き上げることで、この不安定な世界は僕たちの『完全な占領地』へと昇華される。……君たちが強くなるほど、この地は僕たちの庭として完成するんだ。最高に皮肉な共生関係だと思わない?」
神々の真の狙いは、蓮という強大な「不純物」を触媒にして、制御不能な境界世界を自分たちの支配下に収めるための「楔」にすることであった。蓮が強くなればなるほど、この世界は神の法に従う植民地へと造り替えられていく。
3. 長きにわたる煉獄の始まり
蓮は右腕を握りしめ、ファンタズムを睨み据えた。
「お前たちの駒になるつもりはない。……だが、ここで力を蓄えなければ、お前たちの首に手が届かないのも事実だ」
蓮は決断した。神の意図を理解した上で、あえてその毒を飲み干すことを。
「ユリア、傲慢。ここから先は、時間の感覚さえも捨てろ。あいつらがこの場所を占領地にするつもりなら、その基盤ごと俺が奪い取ってやる」
その日から、蓮たちの果てしない「研磨」が始まった。
数ヶ月、あるいは数年。蓮は襲い来る中間体たちの軍勢を、白銀の虚無で屠り続けた。中間体たちは神の魔力を持ちながらも、蓮の放つ「存在否定」の力に触れれば、一瞬にして概念ごと消滅する。
しかし、倒せば倒すほど、蓮の体には中間体たちの残滓が蓄積し、彼の白銀はより黒く、より重く、神の理を食らい尽くす「捕食者の輝き」へと変質していった。
4. 歪む「力」の形
修行開始から相当な月日が流れたある日、蓮は自身の右腕が、もはや白銀の炎ではなく、空間そのものを削り取る「透明な空洞」に近づいていることに気づく。
「……蓮様、そのお体……」
ユリアもまた、中間体との死闘を経て、神殺しの剣技を完成させつつあった。だが、その瞳には蓮への畏怖の色が混じり始めている。
傲慢はそれを満足げに眺めていた。かつて七大罪の仲間を蓮に殺された時以上の、圧倒的な「暴力」の完成を予感していたからだ。
「いいぞ、蓮。神が与えた餌を、すべて貴様の肉へと変えろ。この世界が神の占領地になる前に、貴様自身がこの世界の『主』となれば、神の目論見は瓦解する」
5. 熟成される「毒」
神域の最上層では、ファンタズムが新たな酒瓶の栓を抜いていた。 瓶の中には、蓮が境界世界で流した血と、中間体たちの絶望が混ざり合った、どす黒い紫色の液体が満ちている。
「見てよ、ヴェスペラ。いい色になってきた。彼がこの世界を完全に『平定』したとき、この酒はかつてないほどの劇物になる」
「ふふ……。楽しみだわ。自分たちが支配するために用意した土地が、自分たちを滅ぼすための苗床になっているとも知らずに、彼は必死に戦っている。これ以上の余興があるかしら?」
神々は冷徹に、そして愉悦を込めて、熟成を待つ。 神と人間の境界で、蓮という「不純物」が、神の予想さえも超える「毒」へと進化していくその瞬間を。




