第166話:芳醇なる誤算、虚無の足音
1. 栄光という名の毒杯
蓮たちは、白銀の光が導くままに黄金の階段を上り続けていた。足元に広がる雲海はすでに遠く、彼らが守り抜いた開拓地「ゼロ」すらも見えないほど高い場所だ。
「蓮様、大天の核が見えてきました。あそこを叩けば、この理不尽な世界の理は完全に崩壊します」
ユリアが指差した先には、まばゆい光を放つ巨大な門がそびえ立っている。蓮はその門を見つめ、確かな勝利の予感に胸を高鳴らせた。彼の中に渦巻く「神を屠った」という高揚感は、白銀の虚無をより一層鋭く、強大なものへと変えていく。
だが、その高揚感こそが、上層で杯を傾ける神々にとっての「極上の仕込み」であることに、彼はまだ気づいていない。
2. 神域のソムリエ
真の「大天」では、四神による酒宴がさらなる盛り上がりを見せていた。
ファンタズムは指先で空間をなぞり、蓮たちが上っている階段の「糖度」を調整する。彼の手元にあるデキャンタには、蓮が勝利を確信した瞬間に溢れ出た精神エネルギーが、美しい琥珀色の液体となって溜まっていた。
「ねえ、見てよ。この輝き。純度百パーセントの『独善的な達成感』だ。これを少し寝かせて、後で絶望のスパイスを加えれば、歴史に残る名酒になると思わないかい?」
ファンタズムは陶酔した表情で、その液体をヴェスペラのグラスへと注いだ。ヴェスペラはそれを一口含み、官能的な吐息をつく。
「……たまらないわね。不純物がこれほどまでに『美味しい』感情を醸すなんて。今までの文明は、少し急がせすぎたのかしら。これからはもっと、彼らに希望を与えてから刈り取ることにしましょう」
彼らにとって、蓮たちはもはや敵ですらない。自分たちの喉を潤すための、意志を持った「果実」に過ぎなかった。
3. 不協和音の兆し
階段の終着点、光の門の前に辿り着いた蓮は、ふと足を止めた。右腕の白銀が、これまでにない奇妙な振動を起こしている。
「……蓮様? どうかなさいましたか」
ユリアが不安そうに問いかける。蓮は無言で、自分の掌を見つめた。 違和感の正体は、あまりにも「静かすぎる」ことだ。神を三柱も消滅させたというのに、この世界の法則が書き換わる気配が全くない。それどころか、空間に漂う魔力の密度は、先ほどよりもさらに濃密に、そして整然としていた。
「おい、神崎蓮。この門の向こう……嫌な予感がするぞ」
傲慢が低く唸る。彼の本能が、目の前の光景は「用意された解答」に過ぎないと警告を発していた。
「……ああ。俺も思ってたところだ。ファンタズムを消した時の手応え、あいつが言っていた『芸術』にしては、少し軽すぎた」
蓮が門に手をかけた瞬間、門の表面に無数の「目」が浮かび上がった。それは怒りや憎しみではなく、ただただ冷徹に、獲物の品質を見極める美食家の視線だった。
4. 舞台裏からの招待状
「あはは、気づくのが遅いよ、蓮くん!」
虚空からファンタズムの声が降り注ぐ。それは先ほど消滅したはずの男の声でありながら、より深く、より絶対的な響きを伴っていた。
「せっかく美味しいお酒が仕上がったんだ。君たちも、自分たちがどんな味になっているか、確かめてみたくないかい?」
門がゆっくりと開き、その向こう側に広がる「真実」が姿を現した。 そこには、倒したはずの四神が優雅に椅子に腰かけ、蓮たちに向かってにこやかに杯を掲げている姿があった。
「ようこそ、真なる大天の酒場へ。君たちの戦いは、実に素晴らしい肴だったよ」
断罪の秤を持つ神が、静かに、しかし残酷な事実を告げる。蓮の視界が、怒りではなく、理解不能な恐怖で白く染まり始めた。




