第16話:残された手紙と霧に消えた誓い
1. 魔境の最深部へ
要塞都市ヴァーグを後にし、蓮たちは霧の魔境のさらに奥地へと進んでいた。彼らの目的地は、セラフィナが示唆した**『概念を操る魔術師』**の遺跡が眠る場所だ。
蓮の**『強化された鑑定』は、魔境の濃い霧の奥に、通常の鑑定では捉えられない複雑な魔力の歪み**があることを示していた。その歪みこそが、古代の遺跡と、そこに隠された秘密の存在を証明していた。
パーティーの結束は、これまでになく強まっていた。リサ、ユリア、セラフィナは、蓮への絶対的な忠誠と信頼のもと、完璧な連携を見せる。
フィーネは蓮の隣で、穏やかに微笑んでいた。彼女の治癒魔法は、蓮の強化によって**【治癒の聖域】**へと進化しており、パーティーの安全を揺るぎなく支えていた。
「神崎様、この魔境の霧は、まるで生きているみたいですね。でも、神崎様が傍にいると、少しも怖くありません」
フィーネの言葉に、蓮は優しく頷いた。彼女の体内に宿る**『特別な制御』**が、蓮への深い愛情を常時伝えてきていた。
2. 王都からの密書
休憩のため、魔境の入口近くの隠された岩陰で一時停止した時、フィーネの懐から小さな魔術具が淡く光った。
「これは……故郷からの緊急の通信魔具です!」
フィーネの故郷は、遠方の森に住むエルフの隠れ里だ。彼女の家族が、そこから彼女に連絡を取ることは滅多になかった。
フィーネが魔具を開くと、小さな紙片が取り出された。そこに書かれていたのは、彼女の家族、特に治癒能力が劣る妹が、奇妙な病に侵され、里が危機に瀕しているという内容だった。
『この病は、通常の治癒魔法では治せない。里の長老は、お前の【微小治癒】が突然失われた理由と関係があるのではと疑っている。至急、帰郷求む。ただし、お前の居場所は里の外では一切話すな』
フィーネの顔は青ざめた。彼女の【微小治癒】が【治癒の聖域】へと進化したのは、**蓮の【全能化】**のおかげだ。しかし、里の者はその真実を知らない。
里の危機と、自分の強力な能力の秘密――。フィーネは、蓮に迷惑をかけ、彼の**「ゴミを良くする能力」**の秘密を里の権力者たちに知られることを恐れた。
(神崎様は、この世界の英雄になろうとしている。私の家族の事情で、その道を邪魔したり、彼の秘密を危険に晒したりすることはできない……!)
3. 霧の中の決断
フィーネは、蓮たちに里からの通信の内容を隠すことを決意した。
「どうかしましたか、フィーネさん?」ユリアが心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫です。ただ、故郷の家族が、私の**【微小治癒】**が失われたことを心配しているようです。すぐに戻らなくても良い、という内容でしたので」フィーネは嘘をついた。
蓮は、フィーネの心臓の鼓動が異常に速いこと、そして彼女の感情の揺らぎが激しいことを**『強化された鑑定』**で察知していた。しかし、彼は敢えてその嘘を追及しなかった。
(フィーネさんの心が、何かを隠している。彼女が僕に迷惑をかけたくない、という強い意思を感じる。彼女の選択を、まずは尊重すべきだろう)
その夜、蓮が目を覚ますと、フィーネの姿がなかった。彼女の寝床は静かに片付けられていた。
蓮の枕元には、一枚の紙が残されていた。
『神崎様。申し訳ありません。里の事情で、急いで帰らなければならなくなりました。私は【微小治癒】しか持たない、ただの足手まといです。神崎様と皆様の偉業の邪魔はできません。どうか、私を忘れて、この先の旅を続けてください。――フィーネ』
蓮は目を閉じ、深くため息をついた。
(足手まとい……。彼女は、僕の強化で得た真の力と、僕との特別な絆を、自分の家族のために犠牲にしたつもりか)
リサがその気配に気づき、蓮の部屋の扉を開けた。
「神崎、フィーネが……」
リサは残された手紙を見て、怒りを露わにした。
「あいつ、自分から立ち去っただと!?私たちが、そんなことを気にするはずないのに!馬鹿な真似を……!」
「リサ、静かに」蓮はリサを制止した。
「彼女は、僕たちの秘密を守ろうとした。そして、僕たちに**『迷惑をかけたくない』**と、彼女なりの忠誠を示したつもりでしょう」
蓮は、フィーネの里の病と、佐野瑛太の**『汚染された力』との間に、何か不吉な共通点があるような不穏な予感**を抱いた。
4. 剣聖の決意と旅の継続
セラフィナとユリアもフィーネの不在を知り、驚きと怒り、そして心配の色を浮かべた。
「神崎殿。すぐに追いかけるべきです!彼女一人で、あの魔境を……」ユリアが焦る。
「追う必要はありません」蓮はきっぱりと言い放った。
「フィーネさんの足取りは、すでに魔境の霧に紛れて、追跡不能になっています。それに、彼女が僕たちの秘密を守ろうとしたなら、僕たちが彼女の意思を無視して追いかけるのは、彼女への裏切りになります」
蓮は、木の枝を強く握りしめた。
「僕たちの目的は、この魔境の最深部に潜む**『真の闇』を暴くこと。それが、フィーネさんの故郷を襲う『奇妙な病』**の真の原因を突き止める、最も早い道かもしれない」
蓮の瞳には、仲間への深い愛情と、この世界を蝕む不穏な影への冷徹な怒りが宿っていた。
「セラフィナ殿、ユリア殿、リサ。旅を続けます。僕たちの力は、一人も欠けてはならないことを、彼女に証明します」
「承知したわ。神崎の剣は、この私と、リサ、ユリアが必ず守る」セラフィナが冷徹な瞳で誓う。
リサは、フィーネの残した手紙を握りしめ、裏切られた悔しさと友情を胸に、静かに頷いた。
こうして、**『エンハンサーズ』**は、仲間の一人を欠いたまま、不穏な予感を抱え、霧の魔境の最深部へと進んでいく。




