第145話:傲慢なる終止符、泥濘に響く泣き声
1. 簒奪者の終焉、二度目の死
アレックスの黄金の輝きが、断末魔の叫びと共に霧散していく。 傲慢は、蓮から奪われていた虚無の残滓までも強引に引き剥がし、自らの背後に浮かぶ六つの大罪の影へと同化させた。
「貴様のような器の小さい男に、神の座も、この男の虚無も分不相応だ。……二度目だぞ、アレックス。今度は塵も残さず、因果の深淵へ消え去るがいい」
傲慢が掲げた右手が、漆黒と黒紫が混ざり合った絶大な負の熱量を放つ。 【万象帰土・傲慢なる処刑】 放たれた一撃は、アレックスの肉体、魂、そして彼が作り上げた黄金の概念そのものを物理的に「圧殺」した。蓮の力を取り込んでいたことが仇となり、虚無の特性がアレックスを内側から崩壊させていく。 黄金の標本箱は粉々に砕け、簒奪者は文字通り、この世界のどの記録にも残らない完全な無へと還された。
2. 奇跡の再誕、泥濘の謝罪
黄金の呪縛が消え去り、空から降り注ぐ光の粒子が一つに収束する。 蓮は、己の右腕が灼けるような痛みに耐えながら、再結合したユリアの魂を、地上の「肉体」へと流し込んだ。
「……あ、……ぁ……」
白かったユリアの髪が、根本から本来の漆黒へと染まり直していく。 死体として固定されていた彼女の肌に、本物の体温が宿り、止まっていた心臓が力強く脈打ち始めた。蓮の虚無による「定義」ではなく、彼女自身の生命力がこの世界に回帰した瞬間だった。
「ユリア……ユリア!!」
蓮は、目を覚ました彼女を、壊れ物を扱うような手つきで抱きしめた。 今まで抑え込んでいた恐怖、卑怯な手段で彼女を繋ぎ止めていた罪悪感、そして仲間たちの記憶を切り捨てようとした己の愚かさ。それらが決壊したダムのように溢れ出し、蓮は子供のように声を上げて泣き崩れた。
「すまない……本当に、すまない……! 俺の勝手でお前を地獄に閉じ込めて、みんなを忘れて……。俺は、俺は最低だ……!! 愛してるんだ、ユリア。お前がいない世界なんて、俺には……」
泥にまみれ、鼻水を垂らし、震える声で最大限の愛を乞う蓮。 神を殺した英雄の面影など微塵もない、あまりにも無様で、人間臭い姿だった。
3. 傲慢なる一蹴、戦士の流儀
「――見苦しいぞ、三下が」
感動的な再会の余韻をぶち壊すように、冷徹な声が響いた。 次の瞬間、蓮の後頭部に、傲慢の鋭い蹴りが叩き込まれた。
「がはっ……!?」
不意を突かれた蓮は、言葉を失って前のめりに泥濘へと沈み、そのまま意識を失った。抱えられていたユリアが驚きに目を見開く中、傲慢は煤けた靴を忌々しげに払い、気絶した蓮を見下ろして吐き捨てる。
「同胞を殺した男が、女一人の前でみっともなく喚くな。貴様のその醜態、私の戦歴に泥を塗るに等しい。……寝ていろ、この大馬鹿者が」
傲慢は、気を失った蓮をユリアに任せ、一度も振り返ることなく歩き出した。その視線の先には、最初から最後までこの地獄を静観し続けていた、一人の「救世主」がいた。
4. 救世主への問い、意外なる告白
傲慢は、瓦礫の山の上に座るアルマの目の前まで歩み寄り、立ち止まった。 彼の周囲には、未だアレックスから奪い取った絶大な魔力が渦巻き、アルマが編み上げた透明な糸を次々と焼き切っている。
「さて、蜘蛛の女よ。簒奪者の茶番は終わった」
傲慢は、アルマの喉元に漆黒の雷鳴を纏わせた指先を突きつけ、静かに問い詰めた。
「あんたは、この崩壊しつつある世界の敵なのか。それとも、まだ何かの役を演じるつもりか?」
アルマは、光を失った瞳をゆっくりと傲慢に向けた。 彼女の表情には、恐怖も敵意もない。ただ、役目を終えた工匠のような、乾いた諦念だけが宿っていた。
「……私は、敵でも味方でもないわ。強いて言うなら……」
アルマの唇が、僅かに動く。 その口から漏れ出ようとした言葉は、傲慢の眉を動かし、意識を失いかけている蓮の耳にも、届くはずのない真実を運ぼうとしていた。
「この世界そのものが、私の『最後の一欠片』を待っているだけなのよ」




