第144話:傲慢なる愛、簒奪の終着点
1. 世界の天秤を叩き割る決断
砕け散る黄金の標本箱から露わになった、蒼く輝くユリアの魂の本体。 アレックスは勝ち誇ったように笑みを浮かべ、蓮に究極の二択を突きつけた。世界を救うためにこの核を砕くか、あるいは偽りの日常を守るために全てを諦めるか。
だが、蓮の脳が下した決断は、アレックスの、そして神の予想さえも遥かに超越していた。
蓮は「迷い」というプロセスそのものを思考から排除した。 世界がどうなろうと、数百万の魂がどこへ消えようと知ったことではない。目の前で自分を呼ぶユリア、そして空で凍りついている彼女の真実。その「愛」という一点を守り抜くためだけに、蓮は脳の舵を全開に切り、右腕の虚無を暴走させた。
「……世界なんて、お前にやるよ。俺は、ユリアを連れて帰る。それだけだ」
その瞳には、救世主としての責任も、王としての慈悲もない。ただ一人の男としての、身勝手で、剥き出しの執着。
2. アレックスの「詰み」と絶対の攻手
「――やはりな。貴様ならそう選ぶと思っていたよ、神崎蓮」
アレックスの貌が、醜悪な歓喜に歪んだ。 彼はこの瞬間のために、幾重もの罠を張り巡らせていた。蓮がユリアを、そして彼女の魂の核を守ろうと動くその軌道は、アレックスにとって完璧に計算済みの「標的」に過ぎない。
黄金の歯車が一つに重なり、アレックスの全質量を注ぎ込んだ必殺の権能が発動する。 【簒奪の聖槍・定義の崩落】
それは回避を許さない概念の刺突。ユリアの魂の核を盾にするように放たれたその攻撃は、蓮が彼女を守ろうとすればするほど、彼自身の命と存在定義を確実かつ根こそぎ削り取る。蓮が彼女の側に到達する数瞬前、その黄金の光が彼の心臓を捉えようとしていた。
守れば、死ぬ。 避ければ、彼女が消える。 完全なる「詰み」の光景が、戦場を黄金色に塗り潰した。
3. 傲慢なる喝采、亡霊の介入
その絶望的な数瞬、冷ややかな笑い声が戦場に響き渡った。
「……はっ、笑わせるな。同胞を、私の愛した六つの罪を塵にした男が、たった一人の女のために全てを投げ出すか」
傲慢は、呆れたように吐き捨てた。その瞳には、かつて自分たちを滅ぼした蓮への激しい怒りと、やり場のない怨嗟が渦巻いている。だが、それ以上に彼の心を震わせたのは、蓮が示したあまりにも理不尽な「エゴ」の大きさだった。
「世界を捨て、数百万の命を等価交換の端金として扱うか……。あぁ、気に入ったぞ、神崎蓮! その傲慢さ、私こそが認めてやろう!!」
傲慢が地を蹴った。 彼はアレックスの放った「必殺」の軌道上に割り込み、自らの胸元から取り出した六つの大罪の残滓を、強引に黄金の光へと叩きつけた。
「アレックス! 貴様の『詰み』など、私の傲慢の前ではただの不敬に過ぎん! この男の横暴、私が最後まで見届けてやる!」
4. 挫かれる簒奪、泥濘の逆転
傲慢が放つ黒紫の閃光が、アレックスの聖槍を真っ向から受け止めた。 「傲慢」の定義は、他者の支配を一切認めない。アレックスが用意した「絶対の死」というルールさえも、傲慢の圧倒的な個の力によって、物理的にねじ曲げられ、挫かれた。
「なっ……何をしている、傲慢! 貴様らもあいつに殺されたのだろう! なぜ助ける!」
「助ける? 違うな。私はただ、私より傲慢な男が、貴様のような小物に屈する姿を見たくないだけだ!」
傲慢の一撃がアレックスの黄金の腕を粉砕し、その絶対的な攻勢を霧散させた。 その僅かな隙を突いて、蓮の右腕がユリアの魂の核へと到達する。漆黒の虚無が黄金の結晶を優しく包み込み、引き千切られていた彼女の定義を、強引に一つへと繋ぎ合わせた。
「……ユリア。今、戻してやる」
空と地上、二つに割れていた愛の断片が、蓮の体温を介して再び融合を始める。 世界が崩壊の音を立てる中で、蓮はただ、重なり合う彼女の魂の鼓動だけを聞いていた。




