第142話:傲慢と虚無の共振、泥濘に咲く狂火
1. 敗北者たちの行進
傲慢が指を鳴らすたび、戦場の理が歪んでいく。
アレックスが放った数千の黄金の礫は、蓮に届く直前で「停止」を余儀なくされた。怠惰の権能を傲慢が独自に変質させた「絶対静止」。その不可視の領域が、神の残骸すらも黄金の静止画へと変えてしまう。
「神崎蓮。貴様が愛した女の記憶を失い、己の魂を削り続けているその姿……。吐き気がするほどに美しいぞ。だが、その穴を埋めるのは、感傷的な想い出などではない」
傲慢はアレックスの攻撃を素手で握り潰し、冷笑を浮かべた。彼の背後に立つ六つの歪な影が、一斉に咆哮を上げる。
「私たちが貴様に敗れ、地に這ったという事実は、貴様が最強であり続けねば成立しないのだ。さあ、その右腕に、私たちの『怨嗟』を喰らわせてみせろ」
傲慢が放った漆黒の雷鳴が、蓮の右腕へと流れ込む。虚無という空っぽの器に、かつて敵対した大罪たちの強烈な「個の執念」が、不純物として強制的に注ぎ込まれた。
2. 簒奪の絶望、アレックスの狂気
「……傲慢! 貴様のような旧時代のゴミが、私の新世界を邪魔するか!」
上空に浮かぶアレックスの巨大な貌が、激しい怒りに歪む。黄金の歯車が狂ったように回転し、空間そのものを物理的に「剥ぎ取る」簒奪の風が吹き荒れた。
「蓮、貴様の右腕が何を喰らおうが無駄だ! この世界の因果はすでに私の手中にあり、神の玉座も、人々の記憶も、すべては私のコレクションの一部に過ぎない!」
アレックスの手から、黄金の触手が無数に伸び、地表を覆い尽くす。それは、生きている者の魂を直接、硬質な黄金へと書き換える「定義の強制上書き」。リサたちの足元まで、その輝くような死が迫りつつあった。
3. 空白を埋める「怒り」
蓮の意識の底で、何かが爆ぜた。 傲慢から流し込まれた「敗北者の記憶」。それは温かい想い出ではない。血の味、肉が裂ける音、敗北の屈辱、そして勝者への憎悪。 だが、そのどす黒い負の感情が、霧散しかけていた蓮の自我を、冷徹な一線へと押し戻した。
「……そうだ。俺は、お前たちを倒して……。……泥を啜って、ここまで来たんだ」
蓮の右腕が、今までとは異なる不気味な脈動を始める。漆黒の痣はさらに広がり、そこから「虚無」を媒介にした、変質した大罪の力が溢れ出した。
暴食が黄金を喰らい、憤怒が破壊を加速させ、傲慢が己の存在を世界に刻み込む。 それは、神を殺した後の蓮が辿り着いた、あらゆる負の因果を「消去」ではなく「武器」として扱う、剥き出しの闘争本能だった。
「アレックス。お前が奪ったものは、俺たちが負けて、傷ついて、それでも捨てられなかったゴミみたいな『人生』だ。……返せ。お前の汚いメッキごと、全部ぶち壊してやる」
4. 泥濘の反撃、真の序章
蓮が地を蹴った。 もはや、その動きに迷いはない。右腕から放たれた黒き業火が、アレックスの黄金の防壁を「定義」ごと焼き払い、天空へと続く道を作る。
その傍らで、傲慢は満足げに腕を組み、空を仰いだ。 「いいぞ、蓮。もっと狂え。かつて私をひれ伏させたあの理不尽なまでの強さで、あの金ピカの簒奪者を、私と同じ泥の底まで引きずり落としてみせろ」
アルマの糸が、蓮の動きに呼応して赤く染まり、複雑に絡み合う。 彼女の目的がどこにあろうと、今、この戦場に流れる「因果の奔流」は、誰にも止められない。
絶望を燃料に変えた英雄と、それを嘲笑う傲慢な亡霊。 二つの最凶の力が重なり合い、アレックスの黄金の標本箱に、修復不可能な亀裂が刻まれていく。




