第141話:傲慢なる再臨、亡霊たちの饗宴
1. 停止する破滅
漆黒の虚無が膨れ上がり、自分を呼ぶリサの声を飲み込もうとしたその瞬間。 戦場の空気が、物理的な「重圧」によって凍りついた。
リサの目の前で、蓮の右腕がピタリと止まる。いや、止められたのだ。 蓮の虚無と、リサの間に、一人の男が立っていた。 豪奢な黒い外套を翻し、かつて神との戦いの前日譚において、この世の全てをひざまずかせようとした最凶の敵。七大罪の筆頭――「傲慢」。
「無様に壊れるなよ、神崎蓮。貴様が空っぽになれば、私たちがかつて敗北したという事実まで安っぽくなるではないか」
男は、振り返ることさえせず、ただそこに立っているだけでアレックスの黄金の圧力を跳ね返していた。かつて蓮に敗れ、死んだと思われていた七大罪。だが、その中で唯一、自らの「存在の格」を極限まで高めることで死の淵から這い上がり、歴史の裏側で爪を研ぎ続けていた者がいたのだ。
2. 変質する七罪、傲慢の庭
「スペルビア……!? なぜ貴様がここにいる! 貴様ら大罪の魂は、とうに神の炎で焼き尽くされたはずだ!」
上空でアレックスが動揺を露わにする。それに対し、傲慢は冷笑を浮かべ、自らの胸元に手を差し入れた。そこから取り出されたのは、ドロドロと濁った、しかし強烈な魔力を放つ六つの結晶。
「ああ、あいつらは死んだよ。だが、その『欠落』は私が回収した。蓮に敗れ、無惨に砕け散った同胞たちの無念……。それを私という至高のスパイスで味付けし直してやったのだ」
傲慢が指を鳴らす。 瞬間、彼の背後に巨大な、しかしどこか歪な六つの影が立ち上がった。かつての七大罪の姿ではない。傲慢の「支配」によって、より凶悪に、より攻撃的に変質させられた力の残滓。
「暴食の力で貴様の黄金の法を喰らい、怠惰の力で世界の更新を停滞させる。……アレックス、安っぽい金メッキで神を気取るな。この世で最も尊いのは、私という個。それ以外は全て、私の足元の土に過ぎん」
傲慢が右手をかざすと、空間そのものが「傲慢の定義」に従い、アレックスの黄金を拒絶し始めた。かつて蓮を追い詰めたあの圧倒的な力が、今はアレックスの簒奪を真っ向から押し潰していく。
3. アルマの沈黙と、狂戦士の呼応
瓦礫の上で糸を操るアルマの指が、初めて止まった。 彼女の計算の中に、この「生き残りの大罪」は存在していなかったのだろうか。それとも、この混沌さえも彼女の望む「存続」のための触媒なのか。
「……面白いわね。死者が生者を定義し、悪魔が英雄を救う。この世界の因果は、もう私の糸でも縛りきれないほどに壊れているわ」
アルマの不敵な笑み。 その傍らで、正気と狂気の狭間にいる蓮の瞳が、僅かに光を取り戻す。傲慢が放つ強烈な「個の圧力」が、霧散しかけていた蓮の自我を、強引に肉体へと繋ぎ止める楔となっていた。
「……あ、る……ま……」
蓮の口から、掠れた声が漏れる。 記憶はまだ戻らない。だが、目の前で自分の代わりに黄金と戦う「傲慢」という巨大な背中が、蓮の中にある闘争本能を再燃させた。
4. 泥濘の反撃開始
「おい、空っぽの英雄。いつまで呆けている」
傲慢はアレックスの黄金の槍を素手で握り潰し、背後の蓮を嘲弄するように見やった。
「貴様の記憶が消えたというなら、私が教えてやろう。貴様は私を倒し、神を殺し、女を抱き、泥を啜って生きてきた男だ。そんな薄汚い、だが誇り高き歩みを……あんな金ピカの成金に奪わせていいのか?」
傲慢の放つ黒紫の雷鳴が、黄金の天を焼き払う。 その圧倒的な力に呼応するように、蓮の右腕の虚無が変質を始めた。 ただ消去するだけの力ではない。傲慢の放つ「支配」の波長を受け取り、アレックスの黄金を逆浸食する「反簒奪」の黒い牙。
「……リサ。フィーネ。セラフィナ……」
蓮は、自分を呼ぶ少女たちの名前を、呪文のように呟いた。 記憶は断片的だ。だが、この胸の痛みだけは、何者にも奪わせない。
「アレックス……。……お前を、殺す」




