第137話:不浄の夜明け、簒奪の雷鳴
1. 黄金の胎動、凍結する世界
空が割れる。そこから溢れ出したのは、神の慈悲などではない。アレックスという男のどす黒い欲望が、神の残骸を苗床にして芽吹かせた「黄金の簒奪」という名の病だ。
降り注ぐ黄金の飛沫に触れた民が、悲鳴を上げる間もなく静止していく。皮膚は硬質な金属へと変質し、その魂はアレックスが背負う巨大な「標本箱」の中へと吸い込まれていく。かつて神が「滅菌」と呼んだその行為を、アレックスは「所有」という名の暴力で上書きしていた。
「……あいつ、性懲りもなく神の真似事かよ」
蓮は泥を噛み、立ち上がる。右腕の黒い痣が、彼の意志に呼応してドロドロとした虚無の炎を吹き上げた。もはや、腕の中にある死者の冷たさに縋る時期は終わったのだ。
2. 卑怯者の反撃、生者への誓い
「リサ、フィーネ、セラフィナ……。今まで、すまなかった」
背後に立ち尽くす少女たちに、蓮は振り返ることなく告げた。死んだユリアという幻想を守るために、今生きている彼女たちの想いを踏みにじり、自分の存在を削り続けてきた。その欺瞞を、今ここで断ち切る。
「……あいつを、この世界の定義にはさせない。俺が、俺の虚無で、あいつの野望ごと全てを食い尽くす」
蓮が地を蹴った。漆黒の残像が黄金の荒野を切り裂く。 上空に浮かぶアレックスの巨大な貌が、嘲笑うように数千の黄金の槍を放つ。重力を無視し、空間を固定する「簒奪」の光。だが、蓮の右腕から放たれた虚無の波動が、それら全てを「存在しないもの」として強引に消去していく。
「一の虚無を使いこなせているつもりか、蓮! その腕が消えるのが先か、我が黄金が世界を包むのが先か……試してみようじゃないか!」
アレックスの咆哮が、大気を震わせる。
3. 救世主の冷徹、アルマの天秤
戦場の中心、崩落した瓦礫の上にアルマは座っていた。 彼女は指先で透明な糸を弄び、激突する二つの巨大な力をただ眺めている。蓮を助けるでもなく、アレックスを止めるでもない。彼女の瞳に映っているのは、個人の勝敗ではなく、この戦いによって生まれる「新しい因果の歪み」だけであった。
「……蓮は命を燃やし、アレックスは命を奪う。どちらが勝っても、この世界はまた欠落を抱えることになるわね」
彼女が零した言葉は、風に乗って戦場に虚しく消えた。彼女の紡ぐ糸は、時折蓮の死角を塞ぎ、時折アレックスの退路を確保する。その予測不能な挙動は、彼女が未だどちらの「味方」でもないことを示していた。
4. 序章の終焉、泥濘の激突
蓮の拳が、アレックスの黄金の障壁を打ち砕く。 凄まじい衝撃波が荒野を駆け抜け、開拓地の建物が次々と粉砕されていく。だが、アレックスは怯まない。壊れた黄金は即座に周囲の物質を簒奪し、より強固な装甲として再生していく。
「……ハァ、ハァ……。しぶとい野郎だ」
「当然だ。私はこの世界の全てを我が肉体とする。蓮、貴様に残された『自分自身』という燃料は、あとどれほど残っている?」
アレックスの指先から、血のように赤い黄金の糸が伸びる。それはかつてアルマがユリアを繋いでいた糸に似て、より禍々しい「呪い」の気配を帯びていた。
戦いは始まったばかりだ。 神を殺した後の、人間同士による、魂を削り合う地獄。 蓮の右腕から伝わる、記憶の消失を告げる嫌な予感。 それでも、彼は前へ出る。 死したユリアの幻影に怒られ、生きた仲間たちの声に背中を押された。 ならば、止まることなど、もう許されない。




