第114話:神の視線、絶望の産声
偽りの凱歌
アヴァロン・ギアの漆黒の巨腕が、神の先遣隊を乗せた方舟の核を粉砕した。 大気を震わせる爆発。白銀の破片が雪のように荒野に降り注ぎ、地上の生存者たちは一瞬、救済の光が訪れたのだと錯覚した。
「……ハァ、ハァ……。先遣隊、殲滅。……王、機体損傷率40%。神経接続の過負荷により、私の左半身の感覚が消失しました。……問題ありません。戦闘は継続可能です」
ポッドの中から届くユリアの報告は、もはや人間のそれではない。自分の体が壊れていくことを、ただの数値の減少としてしか捉えていない。 蓮は、血の混じった唾を吐き捨て、震える右腕を抑えつけた。
(……ああ。やっぱり俺は、最低の男だ)
ユリアが苦痛を感じないように心を「対価」として差し出させたはずなのに、今の彼女の機械的な言葉を聞くたびに、蓮の心は千々に引き裂かれる。 彼女を「部品」として使い潰しているという事実が、勝利の味を泥のように苦くさせていた。
静寂の来臨
「終わった……のか?」 通信機越しにカイルの震える声が届く。 だが、蓮は答えなかった。 勝利の余韻をかき消すように、世界から「音」が奪われたからだ。
雲一つないはずの白い空が、音もなく「割れた」。 そこから現れたのは、これまでの兵士や方舟とは次元の違う「何か」だった。
それは、人の形をしていた。 巨大な機体を見下ろすほどに巨大でありながら、その姿は透き通り、陽炎のように揺らめいている。 背負った幾千の光輪が、世界の色彩を奪い、全てを無機質な白へと塗り替えていく。
神の指先
「……なっ!?」
蓮が叫ぶより早く、その「神」がゆっくりと指を差した。 ただ、それだけだった。 アヴァロン・ギアの周囲に展開していた重力障壁が、まるで薄い氷が割れるように粉々に砕け散った。
「ぐ、ああああああッ!!」
操縦席に、直接「神の視線」が突き刺さる。 それは物理的な攻撃ではない。存在そのものを「不要」と断じる、絶対的な拒絶。 七つの結晶を注ぎ込んだはずのアヴァロン・ギアが、ただの鉄の塊のように重く沈み込み、地面に膝を突いた。
一、届かぬ刃。 二、見上げぬ空。 三、絶望の受肉。
「……王。……システムの90%が沈黙。……視覚、聴覚を喪失。……暗い、です。……でも、私は、貴方の……盾に……」
ユリアの声が途切れる。 神経接続が強制的に切断され、彼女の意識が深い闇へと落ちていく。
卑怯者の祈り
(やめてくれ……! 俺を一人にしないでくれ、ユリア!)
蓮は機体のハッチをこじ開け、剥き出しの戦場に立ち尽くした。 頭上に浮かぶ、巨大で美しい絶望。 この時の蓮は、まだ気づいていなかった。目の前にいるのが本物の神ではなく、その力の断片に過ぎない「和魂」であることを。 ただの「欠片」にさえ、手も足も出ないという事実。
(リサ……フィーネ……セラフィナ……助けてくれ)
喉まで出かかった情けない悲鳴を、蓮は血を流すほど唇を噛んで飲み込んだ。 彼女たちを遠ざけたのは、自分だ。 独りで戦うと決め、ユリアの心を壊してまでここに来たのは、自分だ。 今さら誰かに縋る資格など、どこにもない。
終末の九十九日
神の影が、ゆっくりと地上へと降りてくる。 その一歩ごとに、アヴァロンの地下シェルターが揺れ、生き残った人々の希望が、砂の城のように崩れていく。
「……ああ……あ……」
蓮は右腕の虚無を全開放しようとしたが、魔力すらも神の存在感に圧倒され、霧散していく。 絶対的な力の前に、復讐も、決意も、ただの子供の遊びのように無価値に思えた。
残り七十一日。 終末の予言を待つまでもなく、人類は今、その「源」によって握り潰されようとしていた。
蓮の視界が白く染まる中、背後から一筋の黄金の閃光が、神の影を掠めて走り抜けた。
「――無様だね、蓮。僕のいない間に、ずいぶんと神様にいじめられているじゃないか」
絶望の淵に響いたのは、裏切ったはずの「新たな神候補」、アレックスの嘲笑だった。




