第113話:未完の産声、虚空の盾
1. 壊れかけの聖域
アヴァロンの最深部、格納庫に鎮座するアヴァロン・ギアは、七つの爆心地から持ち帰った「黒い結晶」を埋め込まれ、異様な拍動を繰り返していた。 整備を指揮するセラフィナは、不眠不休でモニターを睨み続けている。
(……見られない。あいつの、俺を案じる真っ直ぐな瞳を)
蓮は、作業の進捗を聞きに行くことすら躊躇っていた。記憶を保っているセラフィナが、ふとした瞬間に見せる「かつての信頼」の眼差し。それに触れれば、自分の虚無が霧散してしまいそうな恐怖があった。
「王。……心拍数、血圧共に上昇。戦闘準備は整っています。……何を、躊躇っているのですか?」
隣に立つユリアが、無機質な声で問いかける。 蓮は自嘲気味に口角を上げた。
(……ああ。やっぱり俺は、最低の男だ。お前のその『空っぽ』な問いかけに、今どれだけ救われているか。お前が俺を愛していないから、俺は戦場へ行ける)
2. 神の先制攻撃:降臨する断罪
静寂を切り裂いたのは、警報ではなく、天井を貫いた「純白の杭」だった。 神の六日間で見た光の雨とは違う。それはより物理的で、より殺意に満ちた、神の直属軍による強襲。
「不純物の温床を、根源より浄化せん」
空いた穴から、白銀の甲冑を纏った「神の兵士」たちが、無数に降り注ぐ。 逃げ遅れた整備兵たちが、一瞬で光の粒子へと変えられていく。
「蓮! 危ない!!」 リサが駆け寄り、鋭い爪で兵士の一人を切り裂く。 「ここは私たちが食い止める! 蓮は早くギアへ!」
「……よせ、リサ。お前たちは下がれ」
蓮は彼女の手を払い、冷たく言い放った。 助けてくれた彼女に感謝の言葉一つかけず、ただ「邪魔だ」と言わんばかりの態度。 それが、今の蓮ができる唯一の「彼女を戦火から遠ざける」ための卑怯な手段だった。
3. 虚空の機動
「ユリア。システムに接続しろ。お前の魂を、この鉄屑の燃料にする」
「御意。……接続開始。感覚の同期、完了」
ユリアがアヴァロン・ギアの制御ポッドに横たわる。彼女の神経が機械と繋がり、苦痛の電気信号が走るが、彼女は眉一つ動かさない。 蓮もまた、ギアの胸部、虚無の炉へと自らの右腕を突き入れた。
一、未完の器。 二、呪われた魂。 三、逆襲の産声。
「良くなれ……ッ!!」
ドォォォォォォン!! 未完成のはずのアヴァロン・ギアが、漆黒の炎を噴き上げて立ち上がる。 六枚の黒い翼が展開され、格納庫を埋め尽くす神の兵士たちを、その圧力だけで押し潰した。
4. 悲鳴を上げる鉄の柩
「ぐ、あああああッ!!」
蓮の右腕から、膨大な熱量が逆流する。 結晶が足りない分、ギアは蓮とユリアの生命力を直接喰らい、出力を維持していた。 機体が動くたびに、ユリアの瞳から光が失われ、蓮の骨が軋む。
「王。……出力の不安定化を確認。……ですが、止まりません。貴方が、止まるなと命じたから」
制御ポッドの中で、ユリアが淡々と告げる。 その献身に、蓮は心の中で血の涙を流した。
(ごめんな、ユリア。……俺が、お前をこんな『部品』にしてしまった。俺が、お前を忘却という名の地獄に閉じ込めたんだ……!)
5. 地上の焦土
アヴァロン・ギアは、地上へと飛び出した。 そこには、かつての帝都の跡地を埋め尽くす、神の巨大な方舟が浮遊していた。 百日後の終末を待たず、神は生き残った一割の人類さえも、直接「掃除」しに来たのだ。
「……上等だ。お掃除係を、まずはスクラップにしてやる」
残り七十二日。 不完全な神殺しの兵器は、自分を忘れた騎士と、己を呪う王を乗せて、白い空へと牙を剥いた。




