第111話:始原の深淵と、黄金の簒奪
1. 始まりの地、終焉の底
七つ目の爆心地。そこは世界の中央に位置し、神の第一射が最初に地表を穿った「全ての始まりの場所」だった。 巨大な絶壁が円を描き、底が見えないほど深い大穴からは、黄金の粒子が絶え間なく噴き上がっている。この光こそが、神がこの世界を管理するために打ち込んだ「根源の楔」だった。
「……王。穴の底に高エネルギー体を確認。アレックス様の魔力反応も検出されました。彼は先回りしていたようです」
ユリアが崖の縁に立ち、無機質な瞳で深淵を見下ろす。 彼女の髪を黄金の風がなびかせるが、その表情には神秘への畏怖も、仲間への信頼も宿っていない。ただ、観測データを口にする精密機械のような静寂があった。
2. 卑怯者の王の本音
(……アレックスの野郎、やはり裏があったか)
蓮は漆黒の右腕を強く握りしめた。 アレックスの裏切りを予感していなかったわけではない。だが、今の蓮にとってその衝撃よりも、隣に立つユリアの「空虚さ」への安堵の方が勝っていた。
(リサたちがいたら、今頃アレックスの裏切りに憤り、涙を流して俺を励まそうとしただろう。……俺は、それが耐えられない。自分を『他人』として扱い、裏切りにも絶望にも動じないお前が隣にいるから、俺はまだ『王』のフリができるんだ)
自分を愛していた者たちが傍にいれば、その温もりに縋り、戦う理由を「誰かのため」にすり替えて、覚悟を鈍らせてしまう。 それを恐れ、記憶を失った彼女の「死んでいるも同然の瞳」を盾にしている自分。
(……俺は、本当に救いようのない、駄目な男だ)
独白は誰にも届かない。蓮は冷徹な仮面を被り直し、深淵へと飛び降りた。
3. 黄金の簒奪者
深淵の底。そこには、七つ目の巨大な黄金結晶を前に、傲慢な笑みを浮かべるアレックスが立っていた。 彼の背中には、以前よりも遥かに禍々しく巨大な、真鍮色の黄金翼が展開されている。
「遅かったな、蓮。いや、六つの結晶を集めてきてくれて感謝するよ。おかげで僕の『器』が、ようやく神の座に届く準備が整った」
「アレックス、お前……。最初から神殺しをするつもりなんてなかったな?」
「心外だね。神は殺すさ。……そして、僕が次の神になる。百日後の終末は、僕が新しい世界を創ることで上書きしてあげるよ。君やその人形の騎士も、僕の庭の草花としてなら生かしてあげよう」
4. 壊れた騎士の抜剣
「王。……交渉は決裂と判断します。対象を『敵』として認識。排除を開始します」
ユリアが迷いなく剣を抜き、アレックスへと地を蹴った。 かつては共に戦った仲間。だが、今の彼女にとってアレックスは「王の邪魔をする不純物」でしかなかった。
「ははっ! その空っぽな騎士が、僕に届くとでも思うのかい?」
アレックスが指を鳴らすと、黄金の結晶から放たれた衝撃波がユリアを襲う。 彼女の華奢な体が壁に叩きつけられ、血が噴き出す。だが、彼女は痛みを感じる神経さえも「対価」として失っているかのように、すぐさま立ち上がり、再び剣を構えた。
「ユリア、もういい、下がれ!」
「拒否します。……私は貴方の盾です。機能が停止するまで、その役割を放棄しません」
その献身が、今の蓮には刃となって刺さる。 彼女に心があれば、今の無謀な突撃を止めることもできた。だが、心を奪ったのは蓮自身だ。
5. 簒奪の余波
一の裏切り。 二の非情。 三の衝突。
「良くなれ……ッ!」
蓮が右腕を掲げ、アレックスの黄金の領域を強引に虚無で削り取る。 二つの強大な魔力が激突し、深淵の底で次元のひび割れが走った。
アレックスは黄金の結晶の一部を強引に引き剥がし、自らの胸へと埋め込んだ。 「あはははは! 素晴らしい! これで僕は、七つの理を手に入れたぞ!」
アレックスはそのまま、光の奔流となって天へと昇っていった。 後に残されたのは、核を失い、崩壊を始めた七つ目の結晶の「残骸」と、傷だらけで立ち尽くす蓮とユリアだけだった。
「……王。結晶の半分を奪われました。……追撃しますか?」
ユリアが、折れた剣を握りしめたまま、感情のない瞳で問いかける。 蓮は黒く染まりきった右腕を見つめ、静かに首を振った。
「……いや。残った半分で十分だ。……アヴァロン・ギアを完成させるには」
残り七十八日。 同盟は崩壊し、唯一の戦友は「神候補」として敵に回った。 蓮は、自分を忘れた騎士の肩を支え、崩れゆく深淵を這い上がった。




